おうちに帰ろう

心茲にありと

電線絵画展 -小林清親から山口晃まで

タイトルの小林清親山口晃のお名前に惹かれてずっと行きたいと思ってた展覧会に行ってきました!

www.neribun.or.jp

 

f:id:unatamasan:20210407102007j:plain

駅から美術館までの道すがらの「電柱」にも幟がはためいてました

「富士には電信柱もよく似合ふ。」

そんなサブタイトルがついたこの展覧会。
美的景観を損なわれると忌み嫌われがちな電線、電柱を明治初期から現代に至るまでの電線、電柱が果たした役割と各時代ごとに絵画化された作品の意図を検証し、読み解いていこうとするものです。

子どもの頃から慣れ親しんだ風景の中にあるものとして絵画の中に登場している作品を通して時代ごとに電柱や電線の役割の変遷を見ていくという着眼点が面白い展覧会でした。

 

作品の写真はNGだったので章ごとに簡単に感想を書いていきます。
(参考:↓の記事に作品の写真が多く掲載されています)

bijutsutecho.com

 

プロローグ 日本最古の電線絵画

ペリー献上電信機実験当時の写生画から始まります。

野原の真ん中に走る電信柱の様子が描かれてます。
電柱には2種類あって通信を送る電信柱と電力を送る電力柱。日本で最初に普及したのは電信柱でアメリカからきたペリーが連絡手段として設置を要求したのが始まりだとか。まさに文明開化です。

 

第1章 晴れやか 誇り高き電信柱

小林清親シリーズみたいなコーナー。
文明開化の匂いのする作品が多く蒸気機関車を描いた「高輪牛町朧月景」は海上を走っているかのような光景。
「三囲神社(みめぐりじんじゃ)」や「向島八景のうち枕橋」など下町の風景の中に入る電柱というのが明治期の浮世絵という感じ。北斎や広重が生きてたらどんな風景を描いたのかなぁと想像してしまいます。

浮世絵といえば明治初期には江戸後期から活躍してた河鍋暁斎月岡芳年といった絵師たちも時代を切り取って早速戯画的に取り上げてて面白かったなぁ。天狗の姿をした郵便配達員(「月岡芳年 芳年略画 頼政/天狗の世界」)とか蛙の人力車と郵便配達員(河鍋暁斎作。↑の写真の幟になってる絵です)

電柱は先に通信を送る電信柱が先に発展したので郵便夫とセットで描かれることが多かったのだとか。なるほどー。

 

 

第2章 晴れやか 誇り高き電柱 電気の光

時代が下って今度は電力を送る電力柱を中心に描いた作品たち

早くから電気を取り入れたのはなんと吉原。やはりエロは人類を進化させる?

(小林畿英「新よし原仲之町満花の図」)

銀座に火力発電所があったというのも意外だったのですが(小林幸作「東京名所 京橋之図」)

まだ電気についての理解が市民に浸透していない明治24年に帝国議事堂で火災が発生し原因が漏電ではないかと言われたことから急速に電灯を解約したり電力所が襲撃されたりしたんだとか。これって311の福島第一原子力発電所の事件のめちゃくちゃ縮小版って感じ。

 

第3章 富士には電信柱もよく似合ふ。

日本のシンボル富士山を背景に電信柱があるとノスタルジーを感じますね。思えば私の思い描く田舎の風景って田んぼの一本道の両側に電柱が連なっているような景色かもしれない。刷り込まれてるー

展覧会のキービジュアルにも使われている小林清親の「従箱根山富嶽眺望(はこねさんちゅうよりふがくちょうぼう)」がお見事。弥次喜多道中の時代よりくだっているけどまだこんな姿で旅をしている人がいた時代なのかな。明治13年

 

第4章 切通しと電柱ー東京の増殖

岸田劉生の自宅代々木付近を描いた「代々木付近(代々木付近の赤土風景)」は別角度から描いた「道路と土手と塀」が有名。
先日、国立近代美術館で見てきました。現在MOMATコレクションにて展示中。「窓外夏景」は結核の療養のため移り住んだ鵠沼海岸の眺め。青空に真ん中にどんと電柱があり夏の午後の昼下がりのじりじりという暑さが伝わってくる作品。電柱ってなんか夏休みのイメージに合う。ちょっと物悲しさもあってヴァロットンの「ボール」を思い出しちゃった。
同じ鵠沼海岸在住時に描いた「晩夏午后」は電柱がない作品。これは作品の完成間近に関東大震災が発生し自宅が半壊、あまりのショックで続きを描けなくなり最後に描き入れる予定だった電柱を描くことなく完成としたんだとか。電柱のあるなしで状況の違いもわかるのですね。

 

第5章 帝都 架線の時代

明治後期から昭和にかけて東京の街に電車が登場。山脇信徳「雨の夕」はお茶の水の夕景を描いた作品で背景にニコライ堂が見える停車場の景色。ニコライ堂ってずっとニコライ堂なんだなぁ。お茶の水だと言われなければヨーロッパの街角と思ってしまいそうな景色。日本のモネと言われていたそうでなるほどサン・ラザール駅を思わせます。

 

第6章 伝統と電柱ー新しい都市風景

ここは川瀬巴水ワールド。個人的に今アツい新版画の川瀬巴水の街を描いた作品が多く特に雨や川といった水が登場する景色の表現がとても好きです。鏑木清方に最初師事しますが伊藤深水の作品に影響を受けて新版画に転向。そしてその伊藤深水の作品も併せて展示してありどちらも鏑木清方に一度は入門してるんですよね。好きな絵の傾向ってやっぱり似てくるんだなあ。そして伊藤深水を調べたら娘がなんと朝丘雪路でした。えええ!?知らなかったよ。お嬢様だとは聞いてたけど。そうなんだ。

 

川瀬巴水と吉田博で隅田川岸の同じ景色を描いた作品があり「浜町河岸」「東京拾二題 隅田川」巴水は電線あり、吉田博は電線を描いておらず、それぞれ何を重要視してるかわかりますね。吉田博は山の作家だけに人工物は極力避けたいんだろうなぁ。川瀬巴水は都市の作家なんですね。

 

第7章 災害と戦争 ー切れた電線、繋ぐ電信線ー

社会インフラとして普及した電柱や電線が災害で被害を受けると市民の生活に大打撃を受けるというのはいやというほど見てきましたがここでは明治の三陸津波の被害時の様子を描いた作品や関東大震災時の様子などを描いた当時の新聞の絵がありました。

特に津波にのまれる様子を描いたものは311のときの映像を思い出します。それでも6/15に津波が発生したけど7/1には復旧したとか。

西澤苗畝(てきほ)の大正震災木版画集「黄昏の日本橋」では無事だった日本橋麒麟像が設置された柱と何本もの垂れ下がった電線が描かれてて当時の人はどんな気持ちでこの景色を見たのかなぁと思ったりしました。麒麟無事でよかった。

 

第8章 東京の拡大 ー西へ西へ武蔵野へー

銀座や日本橋、上野、浅草といった東京の下町の風景を描いた作品から都市化が西へ広がるにつれて描かれる場所も変わります。

佐伯祐三の「下落合風景」は東京のはずなのに空がパリみたい。こちらも先日東京国立近代美術館のMOMATコレクションで「ガス灯と広告」という作品を見てきましたがそちらの作品に比べるとどこか覇気がないというか焦点があってないように見えるのは気持ちがパリにあるからなのかなぁ。

 

電柱とは関係ないのですが馬の画家こと坂本繫二郎の「三月頃の牧場」という作品は雑司ヶ谷の牧場を描いたんだとか。大正4年の作品ですがまだ牧場があったんですねぇ。

 

第9章 ミスター電線風景”朝井閑右衛門と、木村荘八の東京

今回初めて知った画家の朝井閑右衛門。とにかく同じ場所から描いた電線風景の連作。

アトリエから見える電線が交わる光景を構図もほぼ同じで描き続けた作品群。モネの睡蓮といいセザンヌのサント・ビクトワール山といい同じモチーフを描き続ける執念というか執着というか画家からすると同じ風景に見えないのでしょうね。書いてるうちにタッチも変遷も見えるところが面白い。

木村荘八の「東京繁盛記」の挿絵はどれも当時の東京の様子が見えて随筆は読んだことないけど内容と併せて読むとより楽しいだろうなぁ。永井荷風の「墨東奇譚」の挿絵も担当してたのですね。

 

第10章 碍子(がいし)の造形

今回一番のツボはこれでした。磁器製の大小さまざまなデザインの碍子が並んでて艶と輝きと造形がまさにアート。

以前ブラタモリで有田に行ったときに有田焼の碍子が紹介されてましたが良質な磁器が制作されるところで発達したんですね。

www.ngk.co.jp

 

第11章 電柱 現実とイメージ

戦後の日本の風景に溶け込む電柱は変貌する街並みの記録のように描かれる一方、ヨーロッパの風景を描きながら実際にはそこにはない電柱を入れ込む作品。(岡鹿之助「燈台」)があり日本のイメージの象徴のように扱われているのが面白かったです。
海老原喜之助「群がる雀」のイメージ元としてデンセンマンの電線音頭のシングルEP盤が参考展示してあってなつかしー!となりました。年がばれる。

 

第12章 新・電線風景

この展覧会に興味を持ったきっかけのひとつ山口晃さんの「演説電柱」とモーニングに連載中の『趣都』「電柱でござる」の原画が展示されてます。

この漫画がめちゃくちゃ楽しい!!

morning.kodansha.co.jp

設計図のように描き込まれた建物の描写と会話だけの場面のシュッとした感じ。馴染み深い谷中銀座が登場したり時代設定も素性もよくわからないのですが登場人物がチャーミング。柱華道ってもっともらしく語るシーンとかほんとに?って感じになりますがだんだん電信柱もアートに見えてくるから不思議。

 

2015年水戸芸術館で開催された「前に下がる 下を仰ぐ」展でも実物大の電柱オブジェを展示していたりと電柱愛の強い方なので作品内にも世間の電柱に対する認識に新しい見方を提示し、固定観念にとらわれないものの見方にとても感嘆したのでした。この方やっぱり好きだわー

f:id:unatamasan:20210407105110j:plain

当時展示会場で撮影したもの

他にも写真のように精巧に描かれた水墨画の「往来~京王9000系ー」という作品に驚愕しました。てっきり写真だと思って眺めてたらキャプションに「紙本水墨」とあってはぁ???ってなったのでした。超絶技巧とはまさにこのこと。

 

bijutsutecho.com

 

久野彩子「35°42′36″N,139°48′39″E》(Skytree)」は最初ただ木箱が積んである作品なのかなと思ってよくよく見て見たら真鍮で制作された細かなパーツが散りばめられててっぺんにはスカイツリーがのっています。まず蝋で元となる形を制作しそれを金属で固めて熱を加えて蝋を溶かし、そこに真鍮を流し込んで制作しているそう。いやー今だわ。

www.artfrontgallery.com

 

展示会場の外に出たら加古里子さんの「でんとうがつくまで」の絵本も置いてあって細かなところまで行き届いてるなぁと思いました。

 

とまぁ、実に12もの章に分類された電柱と電線をめぐる旅。かなりの見ごたえで思わぬ宝箱を見つけたようなとても素敵な展示会でした。


練馬区立美術館は規模は大きくないけど企画がユニークな展示が多く気になるものが多いのですが最近はなかなか足を運べず、今回3年ぶりぐらいに訪れたのですがやっぱり楽しかったですね。敷地内の広場には動物のオブジェが点在していてその間を子どもたちが元気に駆け回っているという環境もよくとても気持ちの良い場所です。
駅から近いのも嬉しいしまた来ようっと。

 

f:id:unatamasan:20210407105805j:plain

こんな熊が出迎えてくれます