おうちに帰ろう

心茲にありと

歳三佩刀・和泉守兼定刀身公開2021秋

京王線散歩続いては土方歳三資料館へ。

年に一度行われる歳三佩刀・和泉守兼定刀身公開に行ってきました。

www.hijikata-toshizo.jp


例年は土方さんの命日5月11日に合わせて開催されるようですが今年は緊急事態宣言の影響で期間が10月に変更となったようです。
10月10、16、17日の3日間、1回につき30分30人に入場を限定し完全事前予約制での開催でした。
予約開始日の翌日に申込み、空いてる回がちょうどこの日(10/16(土))の回だけだったのですがなんとか取れました。ふー。
通常の資料館の開館日は第一、三日曜とのことなので特別開館日だったのですね。
近くに井上源三郎資料館や佐藤彦五郎資料館などもあり、できれば一緒に回りたかったのですがそちらは第一、三日曜日のみの開館だったので今回は見送りました。次は合わせて行ってみよう。


土方歳三資料館は京王線高幡不動駅から多摩モノレールで一駅の「万願寺」が最寄り駅です。
高幡不動駅からも徒歩20分くらいなので歩けない距離ではないのですが
初めての場所だし予約制で時間厳守だったので迷って遅れたらいやだしと思ってモノレールに乗りました。
見晴らしがよくて天気がよかったら富士山とか見えたりするのかなぁと思っていたらあっという間に到着。

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電車下りたら目の前にありました

駅からは案内板もあってすぐにわかりました。

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最寄りの出口を出ると通りの向こうに看板が見えたので迷わず行けました



資料館の前には歳三まんじゅうを売ってる出店が出てました。このあたりは新選組推しがすごいです。
土方さんの生家を建て直した際に自宅の一部を資料館として公開されているので
「土方」という表札が門にかかっているのでほんとにこちらで生活されてるお家なんだなぁと思いました。
土方さんは農家から武士に成り上がったみたいなイメージですが、立派なお家を見ると
このあたりでは豪農としてそれなりに裕福な家だったんだろうなと思います。
6人兄弟の末っ子だし、きっと親戚からもかわいがられてたんだろうなぁと。
などと思いながら入場時間を待っていると予約時間の15:30となり順番に中へ。
ご自宅ということで靴を脱いで入室するんですね。私はスニーカーだったんですが、編み上げブーツのお姉さんがいてちょっと大変そうでした。
入口には大きな梁と大黒柱があり、建て替えする際に以前のお家から一部移築したそうです。立派!

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歳三さんが相撲のつっぱり稽古をした大黒柱



中に入るとちょっと大きめの会議室くらいの大きさの部屋に土方歳三所縁の品々がガラス越しに展示されています。
そして正面に鎮座しているのが和泉守兼定!!兼さん!!
好きなように見るのかなと思っていたら館長の土方愛さんが座布団を敷き始め
座れる方は座ってくださいーとの声かけ。刀身について解説してくださるとのこと。
ただ時節がら直接お話されるのは控えてあらかじめ録音しておいた音声を流し
それに合わせて刀身のいろいろな箇所を指し示す方式で行われました。
お声も聴きやすくとてもわかりやすかったです。
5分程度のお話を聞いたあとは各自自由に退室時間になるまで展示品を見ることができます。
解説終了直後は兼定を見ている人が多かったので、いったん私は別の展示から。
石田散薬の薬箱や天然理心流の木刀、愛用の短冊などと一緒に
有名な豊玉発句集がありました。おおおーこれが有名な!
燃えよ剣」では「知れば迷い知らねば迷わず恋の道」という句で登場し、以降のフィクションでもそのような句で登場しますが
実際に書かれているのは「しれハ迷ひしなけれハ迷はぬ恋の道」でした。そのお隣に
しれは迷ひしらねは迷ふ法の道」という句があるのでこれを司馬遼太郎先生がうまく掛け合わせたのではないか?とのこと。
土方さんの字は思っていたより繊細で綺麗な字でした。イメージ的にもっと豪快な字なのかなぁと思っていたので意外でしたね。
そして池田屋事件のときに身に着けていたという鎖帷子。首の後ろに穴があいてて槍で突かれた跡らしいとかとても生々しかったですね。
京都時代に使われた鉢金にも刀傷があり、ほんとに命がけで戦ってたんだということがわかります。息遣いまで伝わるようで見ていて胸がつまります。
そして新選組の袖章。よくドラマで見るような新選組の旗は現存しているものはなくだんだら羽織も今は残っていないそう。新選組の「誠」の印が入っているものは袖につけるような小さな袖章のみとのこと。こちらも激戦をくぐってきたものかと思うと見ててつらくなります。
そして人が空き始めたのでいよいよ和泉守兼定の前へ。
土方家に戻ってきたときは刃こぼれもあったそうだけど昭和の始めに研ぎあげられたので少し細くなっているそう。
いやー思った以上に感動しました。刀を身に着けている土方さんの写真の前に本物の兼さんいるとちょっと震えましたね。
実際の戦闘では銃を使ったり合理的な戦い方をしてても刀を手放さなかったのは武士としての矜持があったから、という話を聞いてちょっと涙出そうになった。柄巻の柄糸の摩耗箇所から刀の握り方もわかるそうで、どうやら鍔から左手、隙間を開けずに右手という風に少し短めに握っていたようです。これは相手と対峙したときに素早く刀を振り下ろせるためでより実戦向きの持ち方なんだそう。そんなこともわかるんですね。
使っている姿や戦いの様子が思い浮かんでほんとに比喩じゃなく鳥肌がたちました。
今回は特別に島田魁佩用脇指「土佐守藤原正宗」も併せて展示。新選組隊士で箱館戦争も一緒に最後まで土方さんと戦った島田さんの刀も一緒にあるというのがエモ過ぎる。
中島登の覚書もあってはぁああああ箱館~(泣き)ってなります。
榎本武揚の「入室伹清風(にゅうしつしょせいふう)」と土方さんのことを語った書があったり、土方歳三の戦死を伝える書状(安富才助から兄の土方隼人に送られたもの)もあって、大事に保管されてきた土方家の皆さんは本当に歳三さんを大事に思っていたんだなぁと思います。
その一部を拝見することができてとてもよい時間でした。

帰りに高幡不動尊にもお参りして来ました。五重塔まであるなんて知らなかったです。

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境内も広かった

こちらにも新選組顕彰碑があり、地元の誇りなんだなぁと思いました。このあたりの方々はご一新(維新)とは言わず「幕府の瓦解」という言い方をしたそうです。幕末時の時勢が目まぐるしく変わる中、それぞれの立場で思うことは違ったんですね。

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顕彰碑の説明書き

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歳三さんの銅像


次は他の資料館も巡る時間を取って来てみようと思います。

 

府中市美術館開館20周年記念「動物の絵 日本とヨーロッパ」展

2021年10月16日(土)雨が降るのか降らないのか微妙な天気の中

京王線散歩な1日を過ごしました。最初に訪れたのは府中市美術館。

fam-exhibition.com

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美術館入り口にあるパネル。記念撮影もできます。私は撮ってないけど

前回府中市美術館に行ったのはいつだっけー?と思ったら2018年5月でした。

www.city.fuchu.tokyo.jp

ニンゲン御破算とワールドカップ始まる前に見たいものは見ておかなきゃ!という気持ちで行ったんだったわ。
円山応挙の鯉の絵に心惹かれて見に行ったんだった。あれもいい展覧会だったなぁ

トップにある森狙仙の「群獣図巻」は今回も展示されてました。「鯉」は後期に展示されるみたいです。

 

開館20周年記念ということでかなり力の入った展覧会。取り上げるのは動物たち。
日本とヨーロッパで動物がどのように描かれてきたか?を様々な角度で分類して並べています。
取り上げる画家は日本の画家44名、ヨーロッパの画家31名、展示点数183点(前後期合計)となかなかのボリューム。
迷路のような展示会場(導線がわかりにくかった💦)は動物園のようでした。

 

入ってすぐにどーん!と展示されてるのが伊藤若冲の「象と鯨図屏風」(前期のみ)
若冲展以来のご対面でしたがやっぱりインパクトありますね。だけどただインパクトがあるだけじゃなくて水墨画らしい繊細な色の強弱や象の表情、背中を出した鯨の周りの波の造形がどこか雲海のようだったりととてもファンタジック。
象や鯨は涅槃図にも登場するモチーフだそうで、そういわれて改めて見るとどこかお釈迦様を見守るような静謐さも感じます。

そしてすぐ隣には「八相涅槃図」がありよく見ると象も鯨もいます。涅槃図は大勢の人や動物が嘆いているので絵全体はにぎにぎしいので象と鯨図屏風とはかなり印象が違いますけども。
涅槃図ではお釈迦様が入滅するのを見届けているのは弟子などの人間とともに鬼や獣などの鬼畜類も同じ絵の中に登場します。

日本では動物も人間も同じ世界に生きるものとして絵の中に登場していますが、西洋では神が作った動物を支配するのは動物よりも高等な人間たち、という図式になっているそう。

動物が絵画に登場するときは何かの隠喩だったり説話に基づいた意味づけがある場合に限られていたとのこと。

確かに西洋絵画で動物が描かれてるときって今回展示されてる聖ヒエロニムズのライオンやノアの方舟の動物たちのように神話や聖書の逸話を描いた作品に登場することが多く、普通の動物たちのそのままの姿を写し取った作品は少ない気がします。

 

では日本画で気になったものをいくつかご紹介。
やっぱり円山応挙の子犬は外せない。犬まみれコーナーの中でかわいいだけじゃなくどことなく品格を感じさせる一つが「藤花狗子図
応挙の代表作藤図屏風に描かれた洗練された美しさのある藤の花の下に子犬が2匹。しかも一匹は藤の花を咥えてます。
咥えちゃってるのにどこか高貴な佇まい。体形はころころふわふわなのに表情がちょっとつんつんしてるところが堪らないですね。


そして仙厓義梵の「犬図」緩いというか悟りを開くとここまで省略した線で表現できるのかというあっさり犬。そして「きゃふんきゃふん」と鳴き声が書き込んであるのも萌える。きゃふんって。もうー好き。


長沢蘆雪の犬たち「狗子遊図」も捨てがたい。こちらはもこもこした犬が集団で戯れてるのでかわいさ爆発してます。クッソ。


府中市美術館名物?になりつつある徳川家光コーナー。その名も「家光の部屋
初めて見たのですが確かに一度見たら忘れられない独創的な画風。
兎を正面から描いた「兎図」とか雀に見えない大きさの「竹に雀図」とか大きさや構図の取り方が他の画家たちとは違う目線で描いているように見えます。一つ一つの線は細かく丁寧に描いているのに出来上がった作品はどこかずれてる。そんな不思議な魅力がありますね。家光が描いたからこそ後世に伝わってきたのでしょうね。もし狩野派の絵師集団の中にいたら破門になってたかもしれない。そう考えると将軍様が描いてくれてよかったのかもしれません。


鳥獣戯画丙巻の模本はオールカラーで描かれました。元の丙巻は傷みがひどくかすれてる箇所も多くあるのですが模本では色まできっちり表現。擬人化という表現は何かを人間に例える言い方ですが、鳥獣戯画を始めとした動物たちの姿を描いた作品は動物を人間に例えるのではなく、動物の世界も人間界と同じである、という目線で描かれているので擬人化という言い方は正しくないのでは?という説明書き添えられていて「なるほど!」と思いました。


鳥獣戯画をもっと単純化してマスコットキャラクターのように描いたのが鍬形蕙斎(くわがたけいさい)の鳥獣略画式。実は北尾政美(まさよし)という名の浮世絵師だそう。北尾政美は知ってたけど鍬形蕙斎という名前は初めて知りました。切手にもなってたそうです。これはかわいい。

intojapanwaraku.com

www.post.japanpost.jp

 

西洋絵画ではパブロ・ピカソの「仔羊を連れたポール、画家の息子、二歳」はやられたーって感じでした。
極端に線が省略された羊にを従える2歳の子どもという構図はキリストに倣ってるのでしょうか。ピカソめっちゃ絵がうまいな。(何目線)ピカソのこちらの作品はひろしま美術館所蔵で、いつか行ってみたい美術館の一つなんですよね。西洋近代絵画を取り上げる美術展でよく作品が出品されてます。数年前には所蔵作品の人気投票を行ったそうで、このピカソの作品は2位だったそう。子どもの服の青が差し色のようになっててささっと描いたようでとても計算されていてもうー上手い!!って感じです。素敵。

lexus.jp

 

ギュスターヴ・モロー「一角獣」オディロン・ルドン「ペガサスにのるミューズ」はどちらも神話的世界を描いたもの。一角獣は処女にしかなつかないとされ一緒にいる美女はモローにとってはファム・ファタルのような手の届かない女性のイメージだそう。こちら以前ギュスターヴ・モロー展でも見たときは同じ世界観の作品群の中では比較的控えめな作品の印象でしたが、日本画と同じ部屋に展示されてるとそこだけ違う光が当たっているように見えますね。動物だけじゃなくて女性に対する考え方も日本と西洋(主にキリスト教圏)では全然違うことが作品が醸し出す雰囲気でわかります。肌も露わな女性を処女の象徴として描くってやっぱり倒錯してるよなぁと思ってしまいます。

ルドンの作品は天空に上っていくペガサスとミューズの取り合わせは神々しいですが、神のように崇めるか貶めるかのどっちかなんかいって感じですね。作品としてはどちらも倒錯してるところが好きだったりしますが。

 

他にも長谷川潾二郎(りんじろう)の猫はモダンで、小倉遊亀の「」は夏の昼下がりを切り取った珠玉の一枚で素敵だし、動物をテーマにしてこれだけ多彩な作品を集められることが素晴らしいと思います。コメントも一つ一つ学芸員さんの思いが込められててじっくり読みこんでしまいあっという間に2時間ほど時間が経っていました。

 

会場手前にスタンプ台があって円山応挙の子犬と徳川家光の木菟と鍬形蕙斎の動物略画式の蛙と蟹のスタンプをメッセージカードに押せるようになってます。ほんとは「おめでとう」「ありがとう」などのメッセージスタンプとともに押すようなんだけど一人一枚限定だったのでメッセージ抜きで(自分用だし)3種類押しました。

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こういう押し方するんじゃないと思うけど

思った以上に長居してしまいましたが次の目的地、土方歳三資料館へ移動します。

そちらはまた次の記事で上げます。

 

 

 

秋の優品展 桃山の華

ゴッホ展のあと急遽ぴゅーんと上野毛五島美術館まで行ってきました。ちょうどその後に駒澤大学まで行かなきゃだったのでついでに行っちゃえーということで。行ってみたら国宝の紫式部日記は10/9~10/17の展示だったようで見れず(行ったのは10/6)。うーん残念。でもそれ以外にも「優品展」というだけあってお宝がたくさんでした。

www.gotoh-museum.or.jp

 

大東急記念文庫所蔵の書のコレクションからは明智光秀織田信長豊臣秀吉などの戦国武将の手紙が展示。字にも性格が表れるのかなぁ?光秀が一番几帳面そうな字だったような気がします。思い込みかも。

www.gotoh-museum.or.jp

 

まさに優品!と思ったのが「秋草蒔絵文箱」でこちらが制作されたのは桃山時代のようですが、中に入っているのは「紺紙金字阿弥陀経 平忠盛」の写経巻物だそう(こちらは展示されていません)。たまたまサイズがあったからこの箱に入れられてたんですかねーなんて贅沢な取り合わせ。特に重文とかに指定されていませんが、個人コレクションならではの逸品だなぁと思いました。すごくきれい。秋らしくてよかったです。

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本阿弥光悦筆伝俵屋宗達下絵の作品が鹿下絵和歌巻断簡を始め新古今和歌集の色紙帖などたくさん展示されてたのもよかった。こんなに並んでるの見たのは初めてかも。鹿下絵和歌巻断簡はもとは22mにも及ぶ一巻の巻物で現在は断簡となって前半部分はMOA美術館、山種美術館五島美術館で所持、後半部分はアメリカのシアトル美術館が所蔵しているとのこと。以前山種美術館で一片を見たことあります。

www.gotoh-museum.or.jp

平家納経の巻頭部分を描いた鹿下絵と同じような構図だそうで、平家納経はなかなかお目にかかれないので別の作品でも少しでも雰囲気味わえるとちょっと嬉しい。色紙の方も本阿弥光悦の書と俵屋宗達(おそらく工房制作なのかな)の下絵がデザインが一点一点凝っていて一見すると地味に見える下絵も角度を変えると鮮やかに金色で模様が浮かび上がったりと工夫があり、光悦と宗達で競い合って作品を作り上げてきたことが伺えます。素敵な展示だったー

 

異色は狩野探幽の旅絵日記。元は京都出身の狩野派、探幽が江戸幕府に召し抱えられて江戸狩野を開くことになるけど、探幽はまだ京都と江戸を行ったりきたりしていたらしくその道中の旅日記だそう。東海道、箱根、近江と三か所を風景を今でいうスケッチしているのですが、どこかどこかはわからないけど、どこでも写生ができるように白紙の巻物と筆を持ち歩いてたんだなぁと思うと研究熱心と思うとともに、将軍様や大名からの依頼に応じて描くのではなく自分の心のままに描ける写生は貴重な時間だったのかしらと思ったりもする。


曽我物語」の絵冊子(立派な絵本のようでした)と「酒吞童子」を退治する場面が展示されていた大江山絵巻。いずれも2日前にサントリー美術館でも同じテーマの屏風絵と絵巻物を見ましたが、酒呑童子は場面違いでサントリー美術館の方はまだ源頼光たちが退治に行く支度をしている場面でしたが、こちらは首を討ち取ったクライマックスシーンでした。血もしっかり噴き出してます。
曽我物語は巻狩りの場面でまだ仇討ちには至ってないです。続けて同じモチーフの作品を見るとより記憶に刻まれるんでよいですね。


紫式部日記は国宝の本体ではなく現状模写という手法で描かれたものが展示されてました。汚れや色落ちなども忠実に再現した模写方法だそう。確かに模写とは思えないくらいあちこち薄くなってたりかすれてたりしました。これはこれで写すの大変そう。国宝も見たかったなー。またの機会。

俵屋宗達尾形光琳の「業平東下り」もあり、宗達は色紙、光琳は元は屏風だったものを掛軸に改装したもの。宗達の方は金箔を使い色使いもはっきりしていて、光琳の方はかなりすっきりした色調の作品で、琳派の系譜の中心となる二人ですがやはり時代が違うので作品によってはかなり違いが出ますね。

 

ちょっと珍しいのが尾形乾山の「四季花鳥図屏風」。陶磁器の絵付が有名ですが屏風もなかなか。お兄さんの光琳に比べると全体的に渋め。少し漢画の影響もあるのかなと思いましたが光琳の同じ図式の屏風絵に倣った描いたという説もあるようです。

 

あとは陶磁や茶道具のコレクションも充実。黄瀬戸の立鼓花生銘ひろい子が美しかった。他にいいなぁと思ったのは古備前の数々釉薬を使わず高温で焼き上げた作品群は密度が濃い感じで力強さと繊細さが混在してるようで素敵でした。
茶道具はお茶を点ててみないとほんとの良さはわからないなぁと毎回思います。いや、絵画だってそうなんですが、もうちょっととっかかりがありますからねー

とりあえずたくさん見ればいつかわかる時が来るかも…とうっすら期待しています。

ちょっと駆け足でしたが、優品に触れてとてもよい時間でした。

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「ゴッホ展 響きあう魂 ヘレーネとフィンセント」

 

ゴッホの世界最大の収集家となったオランダの実業家アントン・ミュラーの夫人、ヘレーネ・クレラー=ミュラーのコレクションを所蔵するクレラー=ミュラー美術館からゴッホを中心に近代絵画の作品が紹介されています。

gogh-2021.jp

ゴッホの油彩画28点、素描・版画20点、初期オランダ時代から晩年のオーベル・シュル・オーワーズまでの軌跡をたどります。ゴッホ以外ではミレー、ルノワール、スーラ、ルドン、モンドリアンなど近代絵画の作品20点、ファン・ゴッホ美術館からも「黄色い家(通り)」を含む4点が展示。見ごたえのある展示会でした。

展示会場に入る前のスペースにヘレーネが収集したゴッホ作品のリストが種類別に壁面に記載されていてよく見ると値段がついてます。どの作品だか忘れましたが一番高くて1億円くらいだったかな。素描やスケッチはひと山いくらみたいな感じでグループでまとめられて値段がついてました。当時他の作品がいくらで売買されてたかわからないので価値がわからないのですが、SOMPO美術館にある「ひまわり」が当時の最高額53億円で落札されたことを考えるとヘレーネは早くからゴッホの価値に気づいていたということでしょうか。

展示会場に入るとヘレーネの肖像画がまず目に入ります。ヘレーネの人となりのご紹介。夫アントンは海運業で成功した人物。やっぱりこの時代は海運業ですねー

以前Bunkamuraミュージアムで開催されたバレルコレクションも海運王でしたし。

www.bunkamura.co.jp

松方コレクションで有名な川崎造船か。海運とは違うけどまぁやっぱ大型船舶黄金期でしょうか。

なんてことを考えながらコレクションの展示へ。

まずは

「ヘレーネの愛した芸術家たち:写実主義からキュビスムまで」

ということでゴッホ以外の近代絵画の作品たち。

思った以上にこのコーナーが充実してました!

ルドンの一つ目「キュクプロス」が見られたのがよかったー。目!!

モンドリアンもブラックなどのキュビズムの作品の後に並んでると絵画の再構成とは?みたいな問の一つの答えになってるようで少しだけ理解できたような気がします。色合いが渋めなのが素敵だった。    

あとは初めて見た画家ヤン・トーロップの「版画愛好家(アーヒディウス・ティメルマン博士)」という作品は見入っちゃいました。

blog.livedoor.jp

シニャック、スーラのような点描画なのですが、とても写実的なのに色合いは象徴主義のような色使いで人物が青っぽく描かれてたりとなんとも不思議な魅力のある作品でした。調べてみたら画風がどんどん変わっていった画家のようで、この作品は新印象派象徴主義に影響を受けた時代に描いたのかもしれないです。

このコーナーを見ていてもヘレーネが幅広く柔軟にその時代の優れた画家たちの作品を収集していたのがわかりますが、傾向としては色合いが美しいものという点が共通しているのかなと思いました。

 

そしていよいよゴッホの作品。まずはオランダ時代の素描のコレクション。伝道師を目指していたというだけあって、ゴッホの生真面目な性格を表してるかのようなきっちりとしたタッチ。そして飾り気のない農夫や元娼婦の女性など地に足のついた人たちを描いてます。不器用な性格からなのかモデルの女性を妊娠させたと誤解され、人を描けなくなったというエピソードを聞くと、周りに理解されるのが難しい人だったんだなぁと思います。

オランダ時代に徹底的に素描で描いた畑や森がのちのアルルでの色彩豊かな作品の下地になったことがわかる充実のコーナーですね。   

素描時代を経ていよいよ油彩画に取り掛かります。オランダ時代はまだまだ暗めなのですが、初期に描いた静物画の「麦わら帽子のある静物」は薄目のベージュや黄色を使って思ったより明るめの作品。静物画のように室内で描く作品は比較的明るめで戸外で農夫や畑を描くと暗めになるっていうのも面白い。ゴッホの目にはそう映っていたのかなぁ。

そしていよいよパリへ。

パリに出てきて様々な画家と出会い、自分の作風が古臭いのではと思うようになるかなり作品にも変化が表れます「レストランの内部」では点描を取り入れたりして、様々なスタイルにチャレンジしてたようです。

そして理想を求めてさらに南下、アルルに家を構えます。

アルル時代になると一気に色が増えますね。そして黄色!「レモンの籠と瓶」なんて黄色尽くしです。好きだなーこの作品。そして敬愛するミレーの種まく人をリスペクトして描いたゴッホ版「種まく人」    オランダ時代に描いた農夫の姿とは全く違う描き方ですが、一貫して農夫に対しては「無限の象徴」として憧れの対象である姿勢は変わらないのですね。

アルルに移ってきたのはパリで知り合った画家たちと絵を描きながら暮らすためなんですが、結局来たのはゴーガン一人。とにかく相手に気持ちが伝わりにくいゴッホ。だんだん精神的にも追い詰められてきます。

またアルルの太陽はゴッホの作風に大きな影響を与えましたが強すぎる太陽の光は同時に精神も蝕んだようで、自らサン=レミの療養院に入院し、そこでも作品を作り続けます。 

 

サン=レミの療養院の庭」は今回の展示品の中では一番好きでした。フランスワールドカップでフランスに訪れた際に観光に行き、実際に炎天下の中糸杉のある道を歩いて療養院を見たからかもしれないです。南仏特有の澄み切った青空と乾燥した地面に照り付ける太陽は暴力的でもあるのですよね。暑さに朦朧となりながら歩いたのが強烈に印象に残っています。ゴッホが描いたときの風景のまま残っていました。ポスターにもなっている「夜のプロヴァンスの田舎道」は三日月と同じくらいの大きさで星を描き、神秘的な作品だなぁと思いました。

 

そしてゴッホ美術館からは「黄色い家(通り)」が来日。これ元々来る予定だったんでしょうか。充実のゴッホコレクションでした。

そして音声ガイドはナビゲーターの鈴木拡樹さんとアンバサダーの浜辺美波さんのお二人。浜辺さんが作品紹介で拡樹さんがゴッホの手紙の朗読したり他の画家のセリフを言ったり、前のKIMONO展よりもボリュームもあったし、役として話す部分が多かったので聴きごたえありました。浜辺さんの声も聞き取りやすくてすんなり耳に入って心地よかったです。

 

ゴッホは人気あるので日本中どこかでゴッホが見られる展覧会やってる気がしますが、直近で見たゴッホ展は2019年上野の森美術館の「ゴッホ展」でした。

www.artagenda.jp

 

構成も似てましたけど、個人のコレクターが収集したものだと傾向がまた違うのでいろいろな角度から見れますね。今回はゴッホ以外の画家の作品がよかったなぁ。

何度見てもゴッホの作品には引き寄せられる魅力があるし、長生きして絵が売れるようになったらどんな作品を描いていたのかなぁと思いを馳せてしまいます。

モネも長生きしたから延々と睡蓮を描き続けるなんてチャレンジができたわけだしゴッホだったら何を描くんだろう。

いや、短い生涯を燃焼しつくしたからこその魅力だったのかもしれないし興味はつきないですね。

とてもいい展覧会でした。

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サントリー美術館 開館60周年記念展 「刀剣 もののふの心」展

2021年9月15日(水)~10月31日(日)で開催されているこちらの展覧会。

www.suntory.co.jp

ちょうど折り返しにあたる10月4日(月)に行ってきました。

刀剣や甲冑類を中心に絵画の中に描かれたもののふの姿も併せて展示されている展覧会。これまで見たことのない刀が多数登場するので行ってきました。
滅多に見られない、そしておそらく今後も東京で見ることはないだろう刀剣類が本当に多かったです。

テーマごとに印象に残った作品について見ていきたいと思います。

まずは合戦の様子を描いた屏風絵から。「後三年合戦絵巻」後三年の役って何だっけ?というレベルなのですが奥州藤原氏誕生となったきっかけの争乱のようです(雑)。絵巻物としては大判で保存状態もよかったです。刀に注目して見てみると合戦で刀って使われてないんですよね。弓とか薙刀が多い。やっぱり刀剣は武器としてよりも奉納するもの、ご神体としての役割が大きかったんだなぁと思います。
平家物語絵巻」延暦寺の僧侶が強訴している場面。神輿を担いでなだれ込んでて「強訴じゃああ」の声が聞こえてきそう。ちなみにトーハクで開催される「最澄天台宗のすべて」にこの神輿も展示されるそうです。これは見たいかもー

tsumugu.yomiuri.co.jp

 

  • 祈りを託された剣と刀 

古社寺伝来の刀剣ここからは刀剣のコーナーが始まります。京都の仁和寺泉涌寺などの古社所蔵の品ばかり。元々天皇家に伝わる三種の神器にも草薙の剣があるくらいなので戦いの道具というより祈りや厄除けのような意味合いが強かったってことなんですね。
このコーナーで一番目を引いたのが国宝の「附黒漆宝剣拵 無銘 剣」です。

wanderkokuho.com

武士が身に着けるような刀剣ではなく不動明王が手にしているような三鈷剣でめちゃくちゃかっこよかった!ちょっとテンションあがりました。力強くて神秘的。まさにお宝!って感じがしました。刀の見方は正直まだまだわかってないのですが、この剣については見た目のかっこよさに引き寄せられました。

 

  • 武将が愛した名刀 武士と刀剣

ニコニコ美術館でこちらの展覧会の紹介している番組の中では「トロフィーワイフ」なんて言われ方もしていましたが合戦に勝利すると勝った方は戦の報償として刀を授かったり、相手から奪ったりと刀をたくさん所持していることが強さの象徴だったみたいです。そんな武将たちが愛用し側においた刀たちが並んでいました。


その最たるものが今回展示されている「義元左文字」(宗三左文字)で桶狭間の戦いに勝利した織田信長今川義元から奪った刀であまりの嬉しさに刻印をしてしまうほど。今回茎に記された文字も見ることができました。これが「皆を狂わす魔王の刻印」かぁ…

刀剣乱舞でお馴染みの「骨喰藤四郎」、源氏の重宝「膝丸(薄緑)」はどちらも見入ってしまう美しさ。
膝丸は見た目とてもシャープなんだけど実はとても重いんだとか。細マッチョなのね。
骨喰藤四郎は元が薙刀だったものを磨き上げて脇差にしたというだけあって刀剣乱舞のキャラとしては儚げな美少女(男士だけど)風なのに刀は思ったより力強く芯の強さを感じさせる刀でした。膝丸の近くには源氏に所縁のある「曽我物語図屛風」が展示されていました。どこに曽我兄弟がいるのか探すのが大変でしたが、兄の十郎の着物は千鳥柄、弟の五郎は蝶の柄というのが目印なんだそう。

後期からは「名物秋田藤四郎」も展示されますが、私が行ったときはまだ展示されておらず「折り紙付き」の語源となった鑑定書が展示されてました。その他展示リストにはないのですが太平洋戦争後にGHQが刀を接収したときの書類などもあり今伝わっている刀は戦国時代の争乱やたびたび発生する火事や明治維新の際の廃刀令なども乗り越えて大切に保管されてるんだなぁと思うと姿勢を正さずにはいられないですね。すべての美術品に言えることでもありますが今私たちが目にすることができるのは先人たちが大切に次代に繋いでいったからなんですよね。奇跡だなぁって毎回思います。

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後期に入った現在ではこちらの四振り勢ぞろいしていますね

 

  • もののふの装いと出で立ち 甲冑武具と刀装具

こちらのコーナーは甲冑の変遷を追って展示されてます。一番クラシックな「色々糸威鎧」は平安時代末期頃の武士がつけていた鎧を江戸時代に復古制作したもの。源平合戦の頃に身に着けていたような大振りな兜が特徴的。

平清盛」あたりで見た感じと似てると思いました。この頃は馬上戦がメインなので弓で討たれて怪我をするのを防ぐために袖や肩もがっちり守られてます。五月人形のイメージですかねー    そのあと銅丸、腹巻、当世具足と変化。銅丸、腹巻は元々は雑兵が身に着けていたものらしいですが、馬上戦から地上戦に戦いが変化するのに合わせて軽量化して身分問わず身に着けるようになったそうです。当世具足は戦国時代に鉄砲が登場し、がっちりと身を守る必要があり、かつ動きやすく軽量なものに変化していったそうです。

紺糸威銅丸 兜・大袖付」織田信長が着用していたと言われるもの。ニコ美でお話されてたのですが、甲冑類は大変繊細で弱いのでなかなか展示されないそう。この銅丸も10年ぶりくらいに表に出てきたそうで、しかも義元左文字と一緒に出てる機会など滅多にないことらしいです。なるほどー。見れてよかった。

https://www.kyohaku.go.jp/jp/syuzou/meihin/kin/item07.html

 

 

ふむふむ。今回展示されていた当世具足は「朱漆塗矢筈札紺糸素懸威用具足」で豊臣秀次が使用していたと伝わっているものだそう。朱塗の赤備えが印象的でした。

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趣向が変わったものとして子ども用の甲冑セットで秀吉の嫡男「棄丸所用小形武具」です。子ども用というか実際に身に着けるというよりお祝い用なので飾るものでしょうね。銅丸には狩野元信が下絵を描いたらしい花鳥画が書かれている豪華なもの。秀吉が棄丸誕生をどれだけ喜んでいたかが伝わります。当時としては珍しくなかったのかな。蒲生氏郷が送ったもののようです。これだけ揃っている子ども用の武具セットはほとんどないそうです。大変貴重な機会とのこと。刀剣だけじゃなくてレアなものばかり展示されてるんですね。ありがたや。

 

  • 祭礼と刀剣 祇園祭礼図を中心に

こちらは八坂神社に奉納されてる刀剣類や祇園祭山鉾巡行の山鉾の上に建てる長刀などが展示されてます。京都を出るのが初めてという貴重な長刀「祇園祭の山鉾巡業の山車の上に飾る長刀「銘(裏菊紋)和泉守藤原来金藤/(菊紋)大法師法橋来三品栄泉 延宝三年二月吉日」。元々祇園祭は疫病退散の祭礼なので邪気を払う刀をぜひこの機会に展示したいとサントリー美術館さんが特別にお願いして叶ったとのこと。またも有難い案件。

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合わせて「日吉山王祇園祭礼図屏風」で長刀がついた状態の山鉾の様子が見られるようになってます。

 

  • 躍動するもののふのイメージ 物語絵と武者絵

刀剣以外の作品の目玉の一つが酒「酒伝童子絵巻」でしょう。狩野元信作の絵巻物。鬼の棲処が丹波伊吹山と近江大江山の2系統あるらしいのですが伊吹山系統の最古のものらしいです。

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色彩鮮やかで生き生きとした人物の様子が描かれてます。場面替えがあり、私が見たときは鬼退治に身支度をしている場面だったので、有名な鬼の首が飛んでる場面はこれ以降の展示になるそうです。源頼光が所持しているのが雲切(蜘蛛切)さきほど展示されてた膝丸の後に名付けられた呼び名ですね。渡辺綱が所持しているのが鬼切(髭切)だそう。土蜘蛛を切った伝説の蜘蛛切ですね。

そして武者絵といえば歌川国芳。ということで国芳の浮世絵も多数展示されてます。ここには土蜘蛛を退治する源頼光と四天王の絵がありました。「源頼光公舘土蜘作妖怪図」土蜘蛛退治の頼光といえば国芳のイメージがありますね。

dcollections.lib.keio.ac.jp

 

サントリー美術館さんは1961年の開館以来「生活の中の美」を基本理念とされているそうなので、このコーナーがもしかしたら一番得意分野というか専門分野なのかもしれません。武士の生活や刀剣に関連する職人たちの日常が垣間見える作品が並びます。「厩図屏風」は平武士にとって大切なパートナーであった馬が生活している厩の様子を描いたもの。馬がずらりと並ぶ前に畳が敷いてあって囲碁や将棋や双六遊びをしに人々が集まっています。

bunka.nii.ac.jp

この厩図屏風を現代アートで再現したのが山口晃さんの「厩図2004」で、実は私はこちらを先に見ていました。馬と一緒にバイクが並んでいたりと今昔一体となった不思議な作品でとにかくかっこよかった。

www.bajibunka.jrao.ne.jp

 

なのであーあの絵の元ネタはこれかー!ってなりました。戦から離れのんびりとゲームを楽しむ武士の様子が見られますが、こういう日常絵はどういう要請があって描かれたものなのかなぁと思いました。室町時代に描かれたものらしいのですが将軍の要請だと思うのですが馬が好きだったのかなぁ。

 

ちょっと珍しい組合わせの作品としては「家康・信玄・謙信」の三武将と家臣を描いた三幅対の掛け軸ですかね。家臣を従えて一番上にそれぞれ家康、信玄、謙信といるんですが、真ん中の掛け軸にいるのが「大権現」と描かれてる家康で、これは何かの隠喩なんでしょうかね。家康とセットで描かれてるのが信玄と謙信というのもあんまりない取り合わせのように感じるのですが、信長に仕えてる頃はこの3人が追いつ抜かれつしてたからかなぁ。3英傑(信長、秀吉、家康)でくくる印象が強いので。    

あとは職人尽の3作品。屏風と額面絵と絵巻と3種類。長屋のような場所に扇や傘などの店とともに研師や矢羽や弓の工房が並んでます。元々は鎌倉時代に職人歌合絵巻というものが誕生し、江戸時代になると生活の中の職人を描いた作品が描かれるようになったのだとか。家族で運営している家内制手工業の様子がわかります。

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他にも三所物(みところもの)や鍔(つば)などの刀装具も当時の金工技術が結集したと思われるような花鳥図や合戦図を模したものなども多数展示されていたり刀を収める拵も黒漆や魚の鱗を模したものなど美術品として一級のものばかり。明治維新廃刀令が出た際に刀に関わる職人たちが他の工芸作品を作るようになったらしいですが武器としての刀は作られなくなったけどこういった技術は今後も引き継いでいってほしいものだと強く思いました。

展示替え後の後期にも行きたいなぁと思っています。秋田藤四郎くんにも会いたいしね。

 

生誕260年記念企画 特別展「北斎づくし」

昨日(2021年9月17日)閉幕した六本木東京ミッドタウン・ホールで開催されていた「北斎づくし」展にちょっと前行ってきました。

hokusai2021.jp

 

"20歳で浮世絵師としてデビューしてから90歳で没するまでの70年間、常に挑戦を続けて森羅万象を描き抜こうとした画狂の絵師・葛飾北斎
その生誕260年を記念し、代表作である『北斎漫画』、「冨嶽三十六景」、『富嶽百景』の全頁(ページ)・全点・全図が一堂に会する前代未聞の特別展が2021年7月、東京・六本木に出現します。"

という触れ込みの今展覧会。まぁーーーすごかったです。

 

葛飾北斎を取り上げた展覧会は常にどこかで開催されているといってもいいくらい様々な取り上げられ方をしています。
記憶に新しいところでは
2019年の新北斎展(@森アーツセンターギャラリー)

macg.roppongihills.com


北斎の画業を網羅的に取り上げた画業人生まるごとを見せるような展示で質・量とも圧倒的でした。

 

今回の「北斎づくし」はこれまでの北斎展とは全く違う視点で構成されていて取り上げるのは北斎漫画」「富嶽三十六景」「富嶽百景と読本挿絵の「新編水滸画伝/椿説弓張月 釈迦御一代図会」のみ。なんですが、取り上げる点数がえぐい

北斎漫画」全15編全頁を見開きで展示。全ページですよ??へ?ということはそれだけの冊数がないといけない。全頁広げて見せるだけの「北斎漫画」を所有してる方がいらっしゃるんですね。浦上蒼穹堂代表の浦上満さん。この方のコレクションで今回の展示会は成り立ってます。いやーすごい。しかも初摺、後摺で変わってる箇所がわかるくらい複数版所蔵されてるとかすごすぎます。

 

そして展示方法もすごい。北斎漫画のスペースは上から各編ごとの場面をコラージュした大きなバナーが掲示されて、壁面と床一面に北斎漫画の場面が広がってる。この空間にいるだけで楽しい。 

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まるごと北斎漫画な空間です。圧巻。

 

 初編から10編でいったんシリーズは完結するんだけど、人気だったのか11~15まで追加で出版することに。しかも15編は北斎没後かなり経った明治11年に出版されてます。よっぽど他に企画がなかったのか。 「森羅万象を描く」という意気込み通りあらゆるものを描いてます。人物、動物、風景、建物といった目に見えるものから神獣や幽霊や妖怪、中国の聖人など見たこともないものも見てきたかのようなリアリティ(何を持ってリアルというかですが)で描いてます。しかも年齢を重ねるごとに筆に力が入ってるように見えます。これは終わらせるのもったいないって思うのも不思議じゃないですね。

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初摺(上)と後摺(下)の比較。小さくてわかりにくいですが目元や衣類の細かな模様など後摺では粗くなってます

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北斎漫画15編を保管している箱。これが何箱あるのでしょう??

ここのスペースだけでたっぷり1時間以上かかりました。いやー楽しいです。

 

続いて富嶽三十六景のスペースへ。お馴染みの神奈川沖浪裏、凱風快晴、山下白雨始め様々な場所から見た富士山と富士が日常の風景の一部となっている構図で描いてます。諏訪あたりからも富士山見えたんですね。今も見えるんだろうか。    

北斎漫画が冊子の中にいるような白い壁面の部屋だったのがこちらは赤一色で浮世絵の保存のためか照明も暗め。円形の部屋を取り囲んで36作+追加で描かれた10作が並んでます。部屋ごとに見せ方が違うのもアトラクションみたいでした。

 

次の展示の部屋の途中にはデジタルアーカイブコーナーで北斎の作品が壁3面と大型ビジョン数台にアニメーションのように映し出されて絵の中に入ったような感覚になります。

 

その後は読本挿絵コーナー。北斎の名前が広まったきっかけとなった読本作家曲亭馬琴とのコンビで製作された椿説弓張月」「新編水滸画伝」などが展示されてます。    

劇画タッチの作画で、北斎漫画は今の漫画とは違うけどこちらの読本挿絵は今の漫画に確実に繋がってると思います。光の描き方とかデフォルメの仕方とか。面白いなぁ。

 

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椿説弓張月」から。ジャンプに載ってても不思議じゃないタッチです

 

最後が富嶽百景のコーナー。三十六景では書き足りずこうなったら百描く!と思ったのか取りつかれたように富士を描いてますね。

中には盃の中に映ってるのとか曇ってる状態とか田んぼに映ったのとか、だいぶ捻ってきてます。描きたいアイデアがたくさんあったんだろうなぁ。

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ぱっと見どこに富士山が??と思ったら…

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盃の中に富士山が!

 富嶽百景の最後の頁に記された言葉

「己 六才より物の形状を写の癖ありて 半百の此より数々画図を顕すといえども
七十年前画く所は実に取るに足るものなし
七十三才にして稍(やや)禽獣虫魚の骨格草木の出生を悟し得たり
故に八十六才にしては益々進み 九十才にして猶(なお)其(その)奥意を極め
一百歳にして正に神妙ならんか 百有十歳にしては一点一格にして生るがごとくならん
願わくは長寿の君子 予言の妄ならざるを見たまふべし」

こちら75歳のときと76歳のときの版があり年齢が変えてあるのですが、75(76)歳になって少しは物が描けるようになった、86歳になればもっとよくかけるようになり90歳ではさらに奥義を極め百歳になって神妙となり百歳を超えればようやく一人前になるだろう」みたいなことを言っててとにかく長生きしたいという願いが書かれてます。実際、当時としては相当長生きの部類に入る90歳まで生きてますが死の間際にも「あと10年、いやあと5年生きられたら本物の画工になれるだろう」という言葉を残してると言われてます。どこまでも貪欲。だからこをこれだけの作品を残してきたんでしょうね。

脚も頭も目もくたくたになる展示でしたが充実感たっぷりな展覧会でした。

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この絵に見送られて会場を後にしました。



 

 

 

ファッションインジャパン1945-2020 流行と社会

「もんぺからサステナブルな近未来まで、戦後の日本ファッション史をたどる、世界初の大規模展!」

と銘打たれた戦後から現在に至るまでの日本のファッションを包括的に紹介する展覧会。開幕から気になっていたのに9月6日の会期終了間近に滑り込み鑑賞。各時代を象徴する服以外にも当時の映像や雑誌や写真なども豊富に展示されて時代ごとの空気そのものを表現する展示内容はとてもアツいものでした。

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国立新美術館にて

fij2020.jp

 

プロローグ 1920年代ー1945年

 

和服から洋装に変わり銀座を闊歩するモダンガールの写真や映像で紹介。その後戦中になるともんぺ姿に。展示されてるもんぺ、カーキ色の軍服や着物からつくりかえられたものは思ったよりおしゃれ。
田中千代のパジャマドレスはジャンプスーツ風のデザインで今着ても違和感ないくらいモダンなデザイン。

当時の女性を描いた榎本千花俊の「池畔春興」は素敵でした。どこかの水辺で華やかな服装の女性が二人。一人の女性は映像を撮影するようなカメラを手に持ち服装はワンピースの上に着物の羽織を着ていて、実際にこういう服装が流行ってたかわかりませんが、開放的で進歩的な女性が描かれてます。

artsandculture.google.com

 

1章 1945ー1950年代 戦後、洋裁ブームの到来

装苑」や「暮らしの手帖」などが洋服のパターンが掲載されるような雑誌が創刊され、洋裁学校も設立。着物をリフォームして手作りで洋服を作ることが流行。このあたりは朝ドラ「カーネーション」を思い出します。この時代に育った女性は洋服を普通に作れるんですね。そういえば私の母親も子供服くらいなら作れたようで、子どもの頃母手製の服を着ていた記憶があります。    

中原淳一表紙の「それいゆ」など当時の女の子の憧れだったんだろうなぁ。キラキラした瞳の女の子が着ている洋服を自分で作って着るのがっ最先端だったのかな。

杉野学園ドレスメーカー(通称ドレメ)作製の洋服たちはどれも仕立てがよくシルエットはシンプル、それでいてとてもお洒落です。ハギレをパッチワーク風に縫い合わせたコートなど工夫もたくさん。    

大丸にはクリスチャン・ディオールと提携した仕立てサロンが開設されて少しお金持ちのマダムたちはこういうところでプレタポルテをオーダーしたりしてたんですね。飾っているディオールのドレスがめちゃくちゃ素敵でした。これぞディオール!!という感じ。これは憧れるわぁー。    

その他、日活映画「夜霧の今夜もありがとう」などで使用したスーツや「太陽の季節」で着用したアロハシャツなどちゃんと保管されてるんですね。アロハが思ったよりしっかりした生地だったのが意外。

 

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各年代ごとに並べられた写真スポットにて。ドレメ制作のスーツはもんぺの隣です。

2章 1960年代 「作る」から「買う」時代へ

戦後復興も進み1964年に東京オリンピック開催を契機に高度経済成長期に入ると中産階級が増えて、洋服は買う時代に入ります。  

 アメリカの若者のファッションをお手本としたアイビールックなどを特集した雑誌「MENS CLUB]が創刊されたのもこの頃。エドワーズというブランドが購入者に配ったノベルティなども展示されてて、こういうプレミア感あるものは当時から人気だったんですね。    

セツ・モードセミナーを創設した長沢節さんのポスターがかっこよかったなぁ。とにかくスタイリッシュ。森英恵さんが登場するのもこの頃なんですね。石岡瑛子さんデザインの前田美波里さんの「資生堂ホネケーキ」のポスターが登場。様々な形でファッションを楽しみ始めた時代ということでしょうか。

 

3章 1970年代 カジュアルウェアのひろがりと価値観の多様化、個性豊かな日本人デザイナーの躍進

東京オリンピックのあとは1970年に開催された大阪万博。日本の各パビリオンの制服を制作したのがコシノジュンコさん。ミニスカートのワンピースや当時としては珍しいパンツスーツなど意欲的な作品が並んでます。

彼女を含めて洋服を子供の頃から来た世代が大人になりデザイナーとして活躍。TD6(トップデザイナー6)を結成しコレクションを発表。デザイナーがコレクションを発表するというフォーマットが日本で確立したのがこの頃なんですね。

 最初の6人は

松田光弘

菊地武夫

金子功

コシノジュンコ

花井幸子

山本寛斎

で、その後川久保玲山本耀司コシノヒロコなども参加するようになって今の東京コレクションに繋がっていくようです。    山本寛斎デヴィッド・ボウイに提供した衣装など目を引く展示もありましたが、私が心躍ったのが「MILK」の洋服類。チェックのスカートにニットなど、今見てもかわいい。MILKは自分は着ないけど見るのが好きなブランド。時代に左右されずスタイルが確立されて一貫してるのもよいです。マドモアゼル・ノンノンとか原宿から流行が発信されるようになったきっかけですね。アンノン族なんて言葉が流行したりPopeyeが創刊されたのもこの頃。BEAMSもオープンしてますね。ロゴマークは今と変わってない。日本のデザイナーの台頭と海外の流行を知りファッションが多様化しつつあった頃ですかね。

 

4章 1980年代 DCブランドの隆盛とバブルの時代

3章までは歴史上のできごとって感じなんですが、この章からはリアルタイムで知ってる時代に。特に4章はもう憧れそのものの洋服たちがずらり。めちゃくちゃワクワクしました。

 DCブランドブームを牽引してたのはもう少しお姉さんお兄さんたちだったので私は端っこそーっと覗いてる状態でしたが自分でバイトして自由にお金が使えるようになると頑張って丸井のセールの初日に並んだりしたものです。

 BIGI(菊池武夫)、nicole(松田光弘)、MOGA(稲葉賀恵)などキラキラしてたなぁ。その中でも一番嬉しかったのがPINK HOUSE金子功)!このブランドも自分では買いませんが見るのが大好きなブランド。レースやフリルや刺繍など世界観が確立していてテキスタイルも毎シーズン新たなデザインが登場し、お店のディスプレイを見るのが楽しかったですね。長いソバージュの髪型に何重にもレイヤードして着る服、たくさんのコサージュなど一見してピンクハウスとわかるスタイルは独自すぎて他の服と組合せできないので全身ピンクハウスにならざるを得ないのですが、新卒で入った会社に毎日ピンクハウスを着てくる先輩がいてすごいなぁと思ったものです。毎日その人の服を見るのが楽しみでした。

またバブルの時代といえばボディコンスタイル。ボディコンの女王と言われたJUNKO SHIMADAの服のウエストを絞ったスーツのシルエットの美しさに目を奪われます。またタイトスカートのかっこいいこと。島田さんは御年80歳で未だ現役。そしてご自身がデザインする服を着こなすスタイルを保たれててすごいなぁと思います。

"あとはVIVA YOUデザイナーの中野裕道さんがデザインした小泉今日子さんが紅白で来た衣装の展示も懐かしかったなぁ。なんてったってアイドル渚のはいから人魚など。ポップでかわいい。

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右から2番目がなんてったってアイ ドルの衣装。ツッパリ学生服と並んでるのがおかしい



MEN’S NON-NO創刊号も展示されてました。表紙は当時まだ大学生だった阿部寛!!まさかのちに個性派クセモノ俳優になるとは当時は全然想像もできません。確かこの翌年に南野陽子主演映画「はいからさんが通る」で少佐役に抜擢されて芝居については酷評されてたような…人は変わるものですね。

 

5章 1990年代 渋谷・原宿から発信された新たなファッション

 このあたりからはDCブランドよりも裏原宿と呼ばれるストリート発祥のファッションが注目され始め読者モデルを紹介する雑誌が創刊されてファッションが身近なものになっていく感じですね。バブルが崩壊した影響も大きいと思います。華やかさよりも自分らしさという感じ。

ヒステリックグラマーがこのカテゴリで紹介されてたのも面白いですね。ブランドとしてはDCブランド全盛期から存在してたのに、より注目されるようになったのがこの頃ってことでしょうか。時代とマッチしたんですね。スタイルはずっと変わってないので。

ルーズソックスやガングロギャルなどが登場し渋谷109も流行の発信地になりました。面白いのは109も新しくできたビルではないのにこの時代になって注目されてくるところ。時代の空気とそのビルの立ち位置が重なったということなんでしょうね。DCブランド黄金期では109はちょっと外れてるような印象でした。

 

6章 2000年代 世界に飛躍した「kawaii

ストリートから発信されるファッションの進化がさらに進みました。ロリータ系ファッションなどきゃりーぱみゅぱみゅのファッションが代表例ですかね。

ファストファッションも定番化。ユニクロが大規模展開を始めてH&Mが進出してきたのも2000年代ですね。(今ではファストファッションすら淘汰されつつありますが。)

一方で個性的なデザイナーも出てきてシアタープロダクツなどは結構好きですね。セレクトショップが一般化して、ブランドで店を構える前に有名セレクトショップに並ぶことが名前が売れるきっかけになってる感じです。

ミナ・ペルホネンのようにデザイナーのコンセプトに共感してファンになるようなブランドもあり、ファッションといよりライフスタイル全般をコーディネートする傾向も出てきました。

ヒートテックの歴史なんかも展示されてて機能性も求められるようになりました。

森ガールと言われるファッションが登場したのもこの頃か。

 

7章 2010年代「いいね」の時代へ

 2011年に東日本大震災が発生し、環境への配慮や順応にも焦点が当てられサスティナブル(持続可能)な側面がファッションにも求められるようになってきました。  

 私自身も以前のように毎シーズン服を取り換えるようなこともなくなり(まぁ年齢的なことも含め)ファッションに求めるものも変わりました。

SNSによって広まるデザインがあったり、誰もが知っているようなブランドというのは減り、何を選択するかが自分のアイデンティティを示すものになってるんだと思います。    

そんな中求められる服はSacaiのように基本を押さえつつ組合せの面白さで個性が主張できるようなものだったりするのかなぁと思いました。ピーコートとモッズコートを組み合わせたアウター可愛かったです。ジッパー付きのタイトスカートもシルエットはJUNKOSHIMADAのスカートを思わせる美しさにパンク的な要素を取り入れててかっこいい。

これ!と一言で時代を象徴するようなものは出てこなくなりました。

 

8章 未来へ向けられたファッション

この章に1970年代の章からずっと作品が展示され続けている川久保玲さんのコムデギャルソンの作品も展示されてます。ずっと第一線で発信し続け、刺激を与え続けられる姿勢はほんとにすごいと思います。最近ではギャルソンの服を買うことはなくなってしまったけど、今でもわがクローゼットの第一線では活躍しており、着ると必ず褒められます。時代が変わっても全然古びない。そして新作も作り続けている。ただただすごい。

 

今回展示されてるのは2019年にウィーン国立オペラ座で上演されたヴァージニア・ウルフの小説を原作として新作オペラ「オーランドー」で使用された衣装。この「オーランドー」は作曲、脚本、演出全てが女性が担当するという同オペラ座史上初の取組だそうで、川久保玲がオファーを受けたのもそこに魅力を感じたからだそう。実際に男性が女性の衣装を女性が男性の衣装を着るなどジェンダーフリーな舞台だったそうで、コムデギャルソンの脱構築的な衣装はとても効果的だったよう。展示されている衣装を見ても、男性用なのか女性用なのかよくわからないさらに時代も超越したデザインになっていて、このブランドのが特徴がよく出ていました。

casabrutus.com

 

アンリアレイジ(森永邦彦)のテントと同じデザインのドレスが今までのファッションの在り方とは別の切り口でファッションを提示しようする試みも面白かった。

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テントになる洋服?というわけではないですが同じコンセプトで製作されたドレスとテント

 

森永さんのインタビューの中に
東京の独特の立ち位置について言及されてましたが、パリコレなんかはシステムがずっと変わらない。ラグジュアリーブランドを頂点するヒエラルキーが厳然とあって、一部のお金持ちしか買えないデザインを毎年発表し、そのエッセンスを取り入れた安価なものが流行を作るという仕組みで成り立っているけど、日本のデザイナーが同じことしてもしょうがないよね、っていう気概を感じます。www.herenow.city

 

1945年以降のファッションの流れを今回の展覧会で追いかけただけでも多種多様。システムもどんどん変わる。その分成熟さとは無縁なんですが、多分こうやってあらゆるものを混ぜて壊して再構築して絶えず変わり続けることができるのが日本らしいファッションなのかなという気がしました。

ファッションという視点から日本の立ち位置を考えるような展覧会でした。面白かったです。