おうちに帰ろう

心茲にありと

美が、摺り重なるー 吉田博展

いやーよかったです!
ずっと気になってた吉田博。2017年に千葉市美術館で開催された回顧展には行けず日曜美術館などで取り上げられるたびに「うーん行けばよかった」と思っていた吉田博展にようやく行けました。

yoshida-exhn.jp

 

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お馴染みの東京都美術館のガラス窓


テレビや写真で見てても綺麗だなぁと思ってましたが実物は想像以上!!特に影の表現が多彩で山に落ちる雲の影や水面に映る船の影など色の濃さ、対象物の輪郭の揺れなど多種多様。「山と水の作家」とも言われているのも納得です。
同じ版画でも浮世絵などの伝統的な日本版画はだいたい10数摺り程度らしいのですが吉田博の作品へ平均で30摺り、今回展示されていた「陽明門」では98摺り!!と格段に摺る回数が桁違い。加えて通常は絵師、彫師、摺師と分業体制で製作するところ自分で彫師、摺師を雇い入れ、自宅で自分が指導し時には自ら摺り上げていたそうです。作品のマージンに「自摺」と記名があるのはそういう作品だそう。

展示の構成は以下の通り

  • プロローグ
  • 第1章 それはアメリカから始まった
  • 第2章 奇跡の1926年
  • 第3章 特大版への挑戦
  • 第4章 富士を描く
  • 第5章 東京を描く
  • 第6章 親密な景色:人や花鳥へのまなざし
  • 第7章 日本各地の風景Ⅰ
  • 第8章 印度と東南アジア
  • 第9章 日本各地の風景Ⅱ
  • 第10章 外堀を描く、大陸を描く
  • 第11章 日本各地の風景Ⅲ
  • エピローグ

かなり細かく分けられています。それくらい多彩な作品を残しているということでしょう。

 

1.心に残った作品

  • 帆船シリーズ 朝、午前、午後、霧、夕、夜 

 同じ版木から摺を変えて製作した一連の帆船は1枚の版木が元になっているとは思えないぐらい多彩な顔を見せていて見惚れます。朝日が昇り始めた頃のぼんやりとした明るさ、太陽が昇り切ったあとの透明感のある空、霧がかかった全体にほの暗い水墨画のような色合い、背景に灯が見える夜、とそれぞれ色のぼかし方が全部違ってて美しかったです。

  • 雲井桜

版画としては破格の大きさの長辺が70cmを超える特大版の版画作品のうちの一枚。なんでもある山桜の希少な一本が伐かれ売りに出されるのを知った画家が特大版の制作を構想したんだとか。知らなかったのですが伝統的な版画は湿らせた和紙に色を摺り重ねていくため濡れたら伸びる乾いたら縮むという紙の特性を計算して色を合わせていくらしいのですが、特注の版木のためこれまでの勘どころが使えず色が合わずに苦労したらしいです。へぇええーーと勉強になりました。この作品でも桜の花と枝の位置がなかなか合わず二人がかりで絵を摺りあげたとのこと。作品は繊細な桜の花と春らしい霞がかかったような空気を感じ春の香りが絵から漂ってくるような不思議な作品でした。

 

  • フワテプールシクリ 印度と東南アジア

「旅の作家」とも言われ世界一周し世界百景の制作を目指していたらしい作家が印度と東南アジアを題材に描いたシリーズの中で一番好きな作品でした。山や川や空ではなくイスラム寺院の内部を描いた作品で外の暑さと対照的なひんやりとした寺院の静謐さが伝わり繊細なアラベスク文様に象られた窓から入る光が幻想的な一枚です。めちゃくちゃ好き。版画でこんなに微妙な色分けができるのすごすぎる。

 

2.全体を通しての感想

先に挙げた3点以外にも気になる作品はたくさん。
章立てがかなり細かく分かれています。
吉田博の画家人生は17歳頃から始まっていますが版画を手掛け始めたの新版画の版元渡邊庄三郎と出会った44歳の頃から。それまでは水彩画や油彩画を描いていてアメリカで展覧会を開いて成功もしていました。
本格的に版画制作に取り組み始めたのは関東大震災で渡邊の元で制作した版木や版画がすべて焼失し被災した吉田が所属していた太平洋画会の仲間の困窮を救うため800点もの作品を携えて渡米した際に油彩画は全く売れずた渡邊から託された木版画が好評だったことがきっかけだったそうです。
当時のアメリカでは浮世絵が人気で吉田の目から見た粗悪に見えるような作品でも高値で取引されていてそれを見て「もっと素晴らしい作品を作ってやる」と思ったらしいです。
それまで培った油彩画や水彩画の技術と日本伝統の版画製法を発展させた独自の作品を生み出していったようです。
プロローグに展示してあった水彩や油彩の作品も素敵なのですがたぶんこのままだったら今ほど人気のある作家にはなっていなかったのでしょうか。いや個人的な感想ですけども。それくらい版画が魅力的でした。
油彩で描かれた「渓流」と同じ主題の作品を特大版画で描いてるのですが絵のサイズは油彩の方が大きいにも関わらずインパクトは特大版画の「渓流」の方が遥かに大きかったのです。
同じ図柄なのに砕ける波によりフォーカスが当たっていて波の渦まで細かい襞で描かれていて水しぶきが画面から飛んでくるような迫力でした。

何十も摺を重ねて色彩のグラデーションが美しい作品の中で異色な作品として「中里之雪」があります。白と黒だけで摺り上げられた水墨画のような作品。
降りしきる雪の白と建物と木々の黒の濃淡の色合いが絶妙でこんなに繊細な雪を版画で表現するってどうなってんだろ??って思いました。

 

また動物画のシリーズでは色を表現するだけでなく「空摺り」と言われる技法であえて色をつけずに摺ることで鳥の羽のふくらみを表したりと技術も多彩。楽しいです。

 

山を描いたシリーズはどれをとっても素敵。コバルトってこういう色のことを言うんだなという何色と断定できない微妙な色使いがほんとに素晴らしいです。

 

印度と東南アジアのシリーズはタージ・マハルを朝、昼、夜、月の夜と描き分けていてアグラで満月を迎えられるように日程を組んでいたそう。幻想的な月の中のタージ・マハルはこんな景色を見てみたいと思う美しさでした。

 

版木も2枚展示されていて「主版」という輪郭線を摺るためのものと「色版」という色を重ねるための版木がありそれぞれ彫り方が違っていてその版木から作成された作品と並んで展示されており何度も見比べましたが全くどうやって出来上がるのか想像つきませんでした。すごい。

 

写生帖に至ってはこれ写生なの?独立した作品といってもいいのでは?というレベルで描き込まれていて速筆だったらしいのですが旅先で短時間で描きあげてるとは思えないくらいの仕上がりでした。これを元にいくつもの版画を作成するのですね。すごいなぁ。とにかく質と量とどちらにも打ちのめされる展覧会でした。

 

3.おまけ

せっかくなので黒田記念館にも行って黒田清輝の絵も見てきました。
吉田博が「あんな下手くそな絵を描くやつが国費でフランス行きやがって。だったら俺はアメリカだ!」ということでアメリカ行ったらしくその後も黒田清輝とは衝突して日本美術会を飛び出し太平洋画会を設立するなどいろいろと因縁のある人。黒田清輝は教科書で見たことあるしトーハクにもたびたび登場するので目にはしたことありますがふーんという印象。改めて見てみてもやっぱりふーん、でした。ふーん。
建物は素敵でした。

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黒田清輝記念館の外観。全然関係ありませんがドラマ「掟上今日子の備忘録」で今日子さんが下宿している喫茶店にあるビルがこちらの外観を使っています。

続けて吉田博の油彩画「精華」が展示されているというのでトーハクにも寄りました。2頭のライオンと裸体の女性が描かれています。これは当時の背景を考えるといろいろな推測ができるそうです。私にはよくわからないのですが版画を制作してくれてよかったなぁと思いました。やはり絵は上手いです。

 

おまけのおまけですが同じ部屋に河鍋暁斎の特大の龍頭観音像がありダイナミックな太い線で描かれた観音様は大迫力でした。

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巨大な水墨画です。龍の顔がお茶目

また先週千葉市美術館で見て印象に残った松林桂月の屏風絵もあってよかった。水墨画ではなくかなりカラフルな作品でしたがきっちりした線で描かれているところが同じ人なんだなと思いました。輪郭くっきり。


今村紫紅のふざけた風神雷神もよかった。

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脱力系風神雷神


そして天下五剣のひとつ童子切安綱も見てきたよー!大包平!早く顕現するといいね!

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堂々たるお姿。それにしてもトーハクさんは大包平も所蔵してるのに並べてはくれないのね。並んだことはあるのかな。

先週も行ったのに結局最後はトーハクに寄ってしまう。年パス持ってるあるある。


次に行くのは「博物館でお花見を」かなー?