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「ニンゲン御破算」感想②ー灰次という男

シアターコクーンで絶賛上演中の「ニンゲン御破算」全29公演(東京のみ)
今日のマチネで21公演終了。いよいよ終盤に入りました。
私は6/22(金)の公演で7回目、折り返しを過ぎてからは初めての鑑賞となりました。

 

最初は筋立てを追いながら目まぐるしく人が出入りする構成にただ身を任せて
楽しんでいましたが、戯曲を読んで時代背景や各登場人物のセリフを繰り返し
読んだり見たりしていくうちに岡田将生くん演じる山出灰次は

「ニンゲン御破算」というタイトルを体現する存在で劇中色んな人を

解放しているのではと思うようになりました。

とりあえず忘れないうちにそれぞれの人物と灰次の関係と

印象的なシーンを思いつくままに書いていこうと思います。

ネタバレ満載なので気になる方はご遠慮ください。

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①黒太郎

 松ヶ枝藩の貧しい松尾村出身の灰次の兄。灰次同様マタギですが鉄砲の腕は超一流。
 冒頭、灰次がかぶった笠の上に乗った小鳥を一撃で仕留める腕前。
 二人は武士になるために村を出て剣術を習っていますが何があったのか灰次が師範を
 斬ったため二人は逃亡、追手の武士を黒太郎が銃で一撃し身を隠しています。
 黒太郎は藩が勤王か佐幕かでまっぷたつに割れている時流も考えて計画的に武士に
 なろうとしていたようですが灰次の衝動的な行動で台無し。

 追われる立場になりますが幕末の混乱時では慎重に行動するよりも

 勢いで動いた方がことが早く進むこともある。
 あっさり人を殺す灰次の行動は頂けないですが

 しっかり者の兄が弟を指導しているようで
 実は弟に引っ張られていたのかなと思います。


 黒太郎と灰次で好きなシーンはたくさんあるのですが
 かなり好きなのが実之介が贋金作りに関わった職人たちを二人に見られ
 お菓子と小判によって灰次を誘導し斬りかかろうとした瞬間に黒太郎が銃を構え
 灰次も刀を手に取り3者でにらみ合うところ。
 「やっぱり兄貴だ。そうでなくっちゃ」と

 ちょっと悪戯っぽく不敵に笑う灰次の表情と
「やむなくだ、バカタレが!オレを試したな」と叱りながらも

 弟をほっとけない兄貴の優しさが出ていて大好きです。

 一瞬にして緊迫感の走る間合いもよく
 毎回このシーンは心の中で手を叩いて「かっこいい!」と叫んでます。

 

 あと冒頭の兄との再会シーンも敵同士で向かい合ってるのですがお互い

「サムレエ」になれたことを喜んでる表情がすごく嬉しそうで

 1回目にはわからなかったのですが2回目以降は

 その後の話を知ってから見ているのでよりじんわりきます。

 

 また桜田門のシーンで隊列の端と端で黒太郎が灰次に

「侍になろうぜ!」と呼びかけるところも好きです。
 先陣を切って黒太郎が鉄砲で籠に向けて発砲し、灰次が「突撃~!」と鬨の声を
 上げるところは(またここの声が素晴らしい!!のです)
 並みいる武士を従えてサムライとしてのデビューを兄弟で飾った誇らしさに

 溢れていて直後の大老の首を掲げる灰次の狂いっぷりがまたよい。

 その後二人は黒太郎は長州藩の二人組に連れ去られて勤王派に加わり
 灰次は吉原でヒュースケンが襲われる事件のさなかに土方と近藤に誘われ二人は
 道を分かち冒頭のシーンに戻ります。
 黒太郎がお吉を置いて長州藩の柿崎と北尾と吉原を去るときに一瞬ためらったとき
 「女が気になるのか?」と問われますが、あれはお吉だけじゃなくて灰次のことも
 気がかりだったのではと思っています。

 最後の戦争が終わりサムライという身分がなくなったあとは歌舞伎役者として
 二人並んで登場し兄弟の道がまた一つになったことが嬉しかったです。
 初日から日を追うごとに歩き方がどんどん大股で勇ましくなり

 一方セリフ回しは大袈裟になっていってる変化も楽しいです。 

②お吉
  灰次とお吉の関係は同じ村出身の幼馴染でお吉は灰次を憎からず想っているけど
  当の灰次は全く気付かず兄の黒太郎がお吉に惚れてるので二人がくっつけばいいと
  何となく思っている感じ。

  それでもお吉が灰次~!と抱き着いてくれば下半身剥き出しで満更でもなく

  人目さえなければ多分やっちまったであろうくらい節操がないのだけど。
  お吉もお吉で村の男たちと関係を持ち吉原に売られることも厭わない

  言い方は悪いけどあばずれな女。(多部未華子さんはとてもかわいいです)

  自分はしがない旅芸人のみなしごなのでそういう運命と諦めている。
  だけど憎からず思っている灰次と黒太郎には知られたくないという

  少しばかりの自尊心は持っていて、

  灰次はそんなお吉を

  「自分の身体を使って何をやろうと自由だ。お吉っぽくしてろ」

  と解き放つのです。
  灰次の発想はどこまでも自由で道徳観や倫理観など持ち合わせず

  「こうでなくてはいけない」というしがらみが一切ありません。

  自分のやりたいことに正直な分、相手にも押し付けない。

  徹底した自由主義の人。
  流されてばかりのお吉の人生に楔を打った存在だったように思います。
 
③隠し玉
 今回殺陣のシーンや啖呵をきってポーズを決めるかっこいいシーンがたくさんあり

 どの場面もよいのですが
 私が一番胸躍るのは吉原の安対屋の女主人隠し玉との丁々発止のやりとりです。
 隠し玉を演じる平田敦子さんと岡田くんのお二人とも

 とにかくセリフによどみがなくリズミカルで気持ちいい。

 百両、二百両、四百両、五百両とどんどん値を上げて

 次の大夫を出しやがれ!と啖呵を切る灰次は悪くて色っぽくて

 下品な言葉を使っているのに汚らしくなく極上の艶っぽさがあり堪りません。

(この姿を引き出してくれた松尾さんに感謝!)
 実之介が芝居小屋づくりのために藩から奪った全財産の五百両をつぎ込んで

 登場した大夫は隠し玉本人。大枚はたいたお大尽を決してたたしゃしないのが

 安対屋の裏遊び。なのに灰次がたったものだから隠し玉はお代はいらない

 あんたの夢にお使いなさんしと五百両は無事戻り芝居小屋を建てられることに。
 自らをお化け花火と自虐的に言いお大尽から金を巻き上げていた隠し玉大夫が

 登場したときは最初は「ババァ、駒がねえならねえとなぜ言わない…」

 と泣きつきますが金を払った以上は元を取るとばかりに隠し玉に

 襲い掛かるところはまさに「ケダモノー!」なのですが
 相手の美醜を問うことなく本懐を遂げようとする姿勢は清々しいほど。
 結果、隠し玉の夢も実之介の夢も自らの夢も叶えていきます。
 状況が変化したら自分も合わせて対応していくたくましさ。
 誰に対しても平等に扱い物を言う灰次の行動はとても魅力的です。

 

④実之介

 そしてそして実之介。
 藩の勘定方という役職につき母に幼馴染のお福との祝言を終えたばかりなのに
 贋金づくりの首謀者を押し付けられ切腹を迫られていると
 お吉を吉原に売ろうとしたヤクザを追いかけて飛び込んできた灰次が
 役人たちを勢い余ってばっさばっさと切り倒し
 すべて実之介が殺したことになって藩を追われる身となります。
 武士の勤めよりも芝居が好きでこっそり脚本を書いていた実之介、
 自ら武士の身分を捨てることはできなかったけど灰次と逃げる羽目になって
 あきらめがつき芝居小屋を建てることを夢見るようになります。
 実之介が逃げる途中で母を斬ったときも灰次は「大丈夫なのか?」と聞くだけ。
 海に飛び降りて灰次と二人で海を漂っている途中に黒船から脱走した黒人奴隷の
 ボブとトムのボートで拾われて「フリーー!」と叫ぶふたり。

 実之介はやけっぱちながらもは守られていた武士という身分を捨てて

 荒波に飛び込んだ解放感に溢れ、灰次は特に何も考えてないけど

 なんだかこれから面白いことになりそうだというワクワク感が感じられ

 二人の道行きが楽しみになります。


  ここから後は勝手なこじつけなのですが、灰次と実之介が並ぶと

 どうしても「ゴーゴーボーイズゴーゴーヘブン」のトーイと永野を

 思い出してしまいます。
 トーイと永野は悲しい結末でしたが、別の時空で(こっちの方が時代が先だけど)
 出会い、無事(文字通り)身を結んだように思えてならないのです。
 トーイは自分の意志を持つことを知らず言われるがままに生きてきて
 永野と出会って初めて自分で決断しましたが全てが破滅に向かっていました。
 灰次は逆で全て自分で切り開いていく人間。サムライになりたいと村を出て
 目の前に障害が立ちはだかると躊躇なく斬り捨てますが
 自分の意志以外で動くことはしない人。
 武士が「大義だ忠義だと誰かから借りて来た言葉で飾り立て死ぬことに酔ってる
 奴隷以上の奴隷ばかり」であると見抜くと

 「退屈だ。オレは退屈しに江戸に来たんじゃねえや。

 冗談じゃねえ。俺は俺で独特の侍になってやらぁ」と啖呵を切ります。
 なりたいと思っていた侍が自分が思っていたようなもんじゃないと

 気づいたあとも自分はそんな武士にはならない、

 自分らしい武士になるとあくまでも前を向く。
 トーイの想いが灰次に乗り移り実之介の夢を叶えたんだなぁと時代も場所も全て
 飛び越えて勝手に脳内で完結しました。

 

 灰次は関わる人達の人生をリセット(御破算)し、

 しなやかにしたたかに世の中に啖呵を切って駆け抜けていくとても

 魅力的な人間で灰次を演じる岡田くんは見た目だけじゃなく立ち居振る舞い全てが

 岡田将生史上(私の知る範囲でですが)最高にかっこいいと思いました。


 東京公演もあと少し、その後は大阪公演が控えてますが

 この後もまだまだ進化しそうで ほんとに楽しみです。

 

 次は東京公演終わった後と

 全公演終了後に改めてその時思ったことをもう一度書いてみようかと思います。

 まだまだ御破算の夢は続きます!!