昭和元禄落語心中 第三話「迷路」感想

第二話の最後に運命の女登場、という感じで菊比古と出会うみよ吉が本格的に登場しました。

今回の演目
菊比古
寿限無
品川心中

助六
夢金

鹿芝居
弁天娘男女白浪(ベンテンムスメメオノシラナミ)

弁天娘女男白浪 | 歌舞伎演目案内 – Kabuki Play Guide –

河竹黙阿弥作ということろに不思議な縁も感じます。「ニンゲン御破算」絡みで)

私が原作を読んだときのみよ吉の印象は正直言うと「うぜえ女」でした。
助六に落語を辞めさせたり菊比古に一緒に死のうと言ったりあげく最後には…とはた迷惑でしかなく結構イライラしながら読んでいました。

原作では菊比古はみよ吉にちょっかいを出されて強引に付き合わされてる感じなんですが、ドラマだと出会いの場面からして菊比古もみよ吉さんに最初から惹かれてるように描かれていて菊比古の中にいるみよ吉の存在が原作よりも大きくなってます。
悩んでいる菊比古に「居場所は自分で見つけるもの」という落語をやるための意味を菊比古に気付かせるきっかけを与えます。原作では菊比古が自分で気付きます。また鹿芝居で怖気づいてる菊比古にキスをして舞台に送り出しますが原作にはこの描写はありません。また「死ぬことはこわくない、一人で死ぬのは寂しいけど」というセリフを唐突に言ったりします。最初から死の匂いがぷんぷんしますね。
みよ吉については原作の終盤で八雲が小夏さんに
「みよ吉さんはアタシといるときはたいそう優しかったよ
あの人には女の人の酸いも甘いも苦みもぬくもりも冷たさもみィんな教わった
とても魅力的な人だったよ
そして落語を与えてくれたのは助六さん
アタシの味気ない人生に色を与えてくれた二人だ
永遠に手の届かない二人」
というシーンがあります。一緒にいるときにはそんなに愛情を見せていなかったけど菊比古なりにみよ吉を思っていて恐らく年を取ってからみよ吉が与えてくれたものの大きさに気づいんだなということがわかる言葉です。ドラマではより実態を伴う形で具体的に見せてるのかなと思いました。

八雲の人生にかけがえのない存在の二人を第二話で助六、第三話でみよ吉とそれぞれドラマオリジナルエピソードを加えて深みを与えて描いてます。

みよ吉の存在だけじゃなく助六に対しても初太郎と呼んでいたころは彼の言葉に力づけられ初太郎の見ている先を一緒見ていればいいと思ってた第二話の最後から、二つ目となって助六と名前を変えてからどんどん先へ行ってしまう助六に黒い感情が芽生えて二人の間にも変化が表れてくるのが第三話でした。

岡田くんが↓のインタビューの中でドラマの八雲の一番の特徴はどんなところか聞かれて

thetv.jp

「陰気臭いところですかね?」と答えてますが
まさにそれ。助六への嫉妬心もみよ吉さんへの思いも原作だともう少しツンデレ風というか軽さが見えるんですけど、ドラマの菊比古はとにかく真面目で硬い。
「神様は不公平だ、遊んでんのに腕上げて仕事もらえて、初太郎ばっかり」と助六にいう場面のどす黒い表情に菊比古の内面がにじんでます。
第二話では生きて帰ってきた初太郎をあんなに嬉しそうに抱き締めていたのに。
だからこそ余計に憎らしさが募るんでしょうね。「このころのアタシは助六という物差しを通してしか見られなくなっていました」と助六への羨望と嫉妬に悶々としていることをはっきりと語りで伝えています。これも原作にはないところ。

八雲になってからの落語に宿る凄みの蓄積を少しずつ表面に出す作りになっているのではないかと思います。

 

こちらのインタビューで

news.livedoor.com

びっぱられるのでアニメは見ないでくれと言われていたとありますが
スタッフさんたちがかなり比較されることを意識していたのかなと思います。

それだけに原作の世界観をいかに3次元で表現するかということに徹底的に拘ってるのが伺えます。美術から照明まで陰影が濃く画面だけじゃなくて時代背景まで含めて影を大きく描いてると思います。満州での助六、師匠、みよ吉の場面も原作にはないけどあの短いシーンを入れることで助六の思いとみよ吉の孤独感と落語の重要さが伝わります。

毎回、セットには感心していますが今回は菊比古と助六が暮らす6畳一間のアパートが素晴らしかったですね。畳の目のつぶれ方や壁のぼんやりしたシミ、小さいタンス丸いちゃぶ台にしなびた布団。落語家は二つ目時代が一番貧乏らしいのですが(前座の頃は食事代などは師匠が出してくれお小遣いももらえるけど二つ目になるとなくなる)男二人がこの一間に片寄せあって暮らしてればいろんな感情が生まれるでしょうという空間づくりになってます。

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匂いまで伝わってきます


このあたりの生々しさがとてもよいですね。画面の向こうから湿気が漂ってくる感じ。
隅々まで気を使って作られたセットはほんと素晴らしいです。

原作の雨竹亭のモデルとなった建物などロケハン含めてとことん昭和を感じさせる画作りが素敵だなぁと思います。

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雲田はるこ先生も絶賛の歴史ある建物

あとこれまで触れてなかったのですが岡田くんのナレーションはやはりよいですね。「平清盛」のナレ朝を思わせる過去回想の語りは客観性を持たせながらも八雲目線で懐かしむような口調が菊比古の心情をうまく補完しています。岡田くんの声はとてもナレーションに合うので声だけのお仕事をやっても面白いのになぁと思ったりしてます。美術展の音声ガイドとか。

あともう散々言ってるしTwitterなどでも皆さん絶賛されている菊比古の美しさについて、岡田くんがゲストで出演した土曜スタジオパークで頂いた美顔器を使ってて今回は美しくありたいと思っているので~と言っていました。「きれいに見せる」ことにかなり気を配っていることがわかります。元からきれいな人がさらに磨きをかけるともはや凶器とすら思えますね。人が殺せる(物騒)。

今回は鹿芝居で女形を演じてますが実際に白塗りするとキレイというより骨格の骨っぽさが目立つので見た目の美しさはおいといて(素人芝居なので化粧も粗くしてあるし)ここは堂々たる口上が見せ場でした。有名な「知らざぁ言って聞かせやしょう~弁天小僧菊之助たぁオレのことだぁ」の言い回し、歌舞伎は詳しくないのですが声の張り方、通り方、抑揚、かなり頑張っていたのではないかと思います。元々素人がやる設定なのでうますぎてもおかしいし。二つ目の落語家が頑張って稽古して見栄を切っている、それまで客の目を見れなかった菊比古の表情にふてぶてしさが見える、自分が主役なんだと実感していく変化が短い場面に凝縮されていました。

 

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恐らく生の声は相当な迫力だったのではと思います。

その後助六が入れ替わるようにみよ吉を追いかけていき、最初に菊比古と出会った寄席の入口でみよ吉が「意外と優しいのね」と助六に声をかけるシーンはこのあとの3人の変化を予感させました。

酔った助六が自分の満州での体験を話しながら「オレは人のための落語をやる、おめさんはどうなんだ」と菊比古に問いかけ、その言葉を楽屋で思い出しながら自問しついに菊比古が目覚めます。菊比古のアップから高座へ上がる後ろ姿を足袋のアップからとらえ高座に登場するところ正面から映し座布団に座って噺を始めるまで全部映したのは菊比古になって初めてのこと。一人の落語家として有楽亭菊比古誕生を強く印象づけました。

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腹が据わった顔です

 

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前半の寿限無のときと顔つきが変わりました

岡田くんが「昭和元禄落語心中」に菊比古・八雲を演じると聞いて原作を読んだときに菊比古と八雲に岡田くんが重なる部分がいくつもありましたが、今回自分の助六と自分を比較し落語に向いてないのかもしれないと悩む菊比古にみよ吉が「菊さん魅力的だし喋ってる姿がとってもきれい」と言うと「そんなもの落語に必要あんのかい、落語に必要なのは愛嬌、それが致命的にねぇ」と菊比古が言うのです。岡田くんに「(キレイさは必要ない)愛嬌が致命的にねぇ」って言わせるかーと唸りました。
いや、素顔の岡田くんは可愛らしい人だし愛嬌もあると思いますけどあの完璧なまでの美しさはともすると面白味にかけて演じる役柄を狭めかねない面もあるように思います。というか世界的に見ても顔のきれいな人はそこにばかり目が行って演技力が正当に評価されず同じようなオファーが多くなったり若いうちはいいけど年取ったら大変だよみたいなことを言われたりするようなこともあったんではないかと勝手に想像しています。(あくまで想像です。)なので自分の落語を探して悩む姿が美しければ美しいほど彼自身もそういう葛藤を経てきたのかなぁと思いを巡らせ余計菊比古を演じてるときの中から滲む美しいほの暗さにリアリティを感じます。何度もいいますがあくまで勝手な想像です。

だからこそ菊比古覚醒のシーンは胸がすくような気持ちもなりました。目に力が宿り自信に満ちた表情で色気も華もある。その上で元の端正さがより強力な武器になる。岡田くんが菊比古を演じてくれてほんとうによかったと思いました。

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この艶っぽさは美顔器の賜物なんでしょうか。つやつや

次回は「破門」。どんどんしんどくなりますね。