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「ニンゲン御破算」感想③ーニンゲン御破産から15年の時を経て

「ニンゲン御破算」の公演が7月15日(日)大阪森ノ宮ピロティホールでの大楽が終わってから1週間経ちました。これまでに感想ブログも2本書き、まとめを書こうと思っていたのですがまとまらないまま時間は過ぎ、その間15年前の「ニンゲン御破産」の戯曲を読み、どういった違いがあったのかを考えてみたいと思いました。


大筋は一緒だけれど設定として大きく違うのは以下の三か所

  1. 松尾さんが冒頭松尾さん自身として登場し舞台となった松尾村の説明をする。幕末⇒現代⇒江戸時代と時代が移る
  2. 実之介の母ムツが死なない。実之介に取り憑かない
  3. 黒太郎と灰次が最後宇宙人になってしまう⇒時代が未来にも移る

冒頭の官軍になった黒太郎と新選組残党の灰次が対峙する幕末から現代の松尾さんが登場しその後また江戸時代に戻って最後は未来まで飛んでしまうというキテレツな設定です。それ以外にも仇討ち隊の人たちがフットサルを始めてしまったり松尾村の百姓たちが登場しその中の妊婦のお腹が光ったりと本で読んでるだけだと意味不明というか想像がつかないようなシーンも多くかなりとっ散らかってる印象です。
松尾さん自身もパンフレットのインタビューで「歌舞伎に対するパンクな気持ちが出ちゃってた」「勘三郎さんにまったく別の世界を見せてやろうという気持ちが強かった」とおっしゃっているのでいろいろ詰め込んでいたようです。
今回その部分が削られたことで歌舞伎っぽさが強調されて堂々としたエンターテインメント作品になっていたように思います。

削った部分もあれば足したところもあり実之介が母ムツを殺してしまうところは実之介がなぜ芝居の世界にのめり込むのか存在そのものがガセとなっている要因が母にあり母が取り憑かれているため実之介の脚本の筋が「呪われている」こと強調されています。
最後に実之介とお吉が逃げ込んだ劇場跡につじつまのお化けが出ていて女であることがばれた後の「はなから合うはずのないつじつまを合わせるため、嘘を重ねて塗り固め筋を曲げ曲げ生きてきた」というセリフに切実さが増した感じがしました。

 

灰次のキャラクターも少し変えてました。

マタギの兄弟として登場した直後のシーン、黒太郎が松ヶ枝藩が勤王と佐幕に真っ二つに分かれているという話をしているとき、御破算では飛んでいる蝶を捕まえようとして話をちゃんと聞いていないのでよそ見すんなと言われますが御破産ではその記載はありません。反省しろと言われると頭を地面にこすりつけて「面白すぎて反省できない」などと言ってちょっと兄貴をバカにしている感じです。また追ってくる武士を銃で撃ったのは兄貴で「オレが撃たなきゃ二人ともやられてた」と黒太郎が言うと「じゃあ共同作業だ」といいここまでは同じですがその後に御破算では「照れるな!」と言うのですが(この言い方がめっちゃかわいい)御破産にはありません。
黒太郎が貧しい松尾村から出てきて武士にならなきゃいけない理由を説明するときに
御破算では灰次の乳首を「かすって」擦りあげながらしゃべり灰次がその度に「はぁ…!」って変な声を出すのですがそのシーンもない。黒太郎の話を半笑いで適当な相槌を打ちながら聞いてるだけ。
このあたりだけでも御破算の灰次はバカっぽいかわいらしさがあり
御破産の灰次はかわいさよりも基地外ぶりが強調されてる感じがします。
黒太郎と灰次の関係も御破算の灰次の方が兄貴を慕っている様子ですが御破産の灰次はちょっと小馬鹿にしてる感じ。

 

実之介のとの関係は吉原で大夫を女郎遊びをするときに実之介が断ると「チンポコついてんのか?え?」と灰次が股間を触ろうとすると実之介がキレて「これ触ったらオレを幸せにしてくれんのか??」と迫り「そんな自信はない…」と灰次が言うと「幸せにしてよ!」といってそっぽを向くやり取り、御破産では「これ触んなきゃ幸せになれないのか!そんなに不幸なのか!」とキレて灰次は「チンポコで幸福論を展開されても…」と困惑、「常識を考えろ!」と実之介が一喝。
御破算の方が実之介は灰次に深いところでの絆みたいなものを感じているように見えますが御破産では単にビジネスパートナーとして捉えてるように見えます。
このあたりは阿部サダヲさんと岡田将生くんのコンビが前作「ゴーゴーボーイズゴーゴーヘブン」の永野とトーイとの関係を継続するように変えたのかなぁと思いました。いや思いたい。

 

お吉とはお吉が「身体を売るのはもうやだよ」というと「自分の身体を使って村の男に恩返ししようと思うのももう売らねぇと決めたのも自由だ」と言ってから「お吉っぽくしてろ」と言いますが御破産では前段の部分がありません。御破算の方が灰次の人に対する拘りのなさ気持ちの大きさを感じるのですが、ないとただ突き放しただけに見えてしまいます。
またお吉がヒュースケンの妾になるところ御破産では「黒さんが決めたんだ」とお吉が言うと「じゃあいいじゃん」といい「それって灰次と黒さんが同じ気持ちってこと?」とお吉が聞くと「俺は兄貴とは違う」というやりとりがありお吉と黒太郎に対してちょっと思うところがあるように見えますが御破算ではお吉の問い対して「おめえが決めたことだろ?」と返したところですぐに実之介が耳かきを灰次の耳に突き刺すシーンに移ってしまいお吉についての気持ちはよくわからないままです。最後にお吉が実之介の子どもを産んだときも灰次か黒太郎のどっちかが父親だというと灰次は「じゃ俺の子でいいよ」と先に言うあたり黒太郎と灰次でお吉を取り合ってるように見せてるのが御破産で御破算での灰次はお吉に対して幼馴染以上の感情は持っていない設定になっているようです。その分実之介との関係が密になっているような(個人的な思い入れがあるからか)気がします。

 

灰次単体では御破算での最大の見せ場である大老暗殺を企てている斎藤を殺したあとに「何が大義だ?女働かせて気取ってんじゃねぇ!ボブとトムも奴隷から自力で逃げ出した。侍はどうだ?大義だ忠義だとどこかから借りて来た言葉で自分を飾り立て、死ぬことに寄ってる奴隷以上の奴隷ばかりじゃねえか!ふん、退屈だ!俺は退屈しに江戸に来たんじゃねえや。冗談じゃねえ。俺は俺で独特の侍になってやらぁ!」
と啖呵を斬るところがあるのですが
御破産では
「武士の矜持だ?意味わかんねぇ。猪がブキーと鳴くのとどう違うのか。悪いけど俺にはまだわからねえよ」
と全く違うセリフです。実際の舞台でどういう言い方をしていたのかわからないのですけど御破算での灰次の方が侍になりたいという気持ちが強く周囲の人間を解放し先が読めない動乱の時代を逞しく生き抜いていく姿をかっこよく表現しているように思いました。

このあたりは阿部サダヲさんの狂気さが全面に出る灰次にもう少しヒーローみを足したような造形を岡田くん仕様で作り上げてたような気ががします。

 

全体を通して松尾さん自身「若さが出た」とおっしゃってたようにかなりとんがった部分が多く、勘三郎さんに対する挑戦状のような面がありそれはそれで当時としてはかなりセンセーショナルな舞台だったと思います。

15年を経て角はなくなりましたが、実之介がなぜ狂言作者になりたかったのか、鶴屋南北河竹黙阿弥に並ぶために足りなかったもの、からっぽだー!という実之介の叫びの本当の意味みたいなものが最後の種明かしで痛烈に胸に刺さりましたし
宇宙人にならない灰次と黒太郎が歌舞伎役者の扮装で花道を去る姿を見送り、見えない目で楽しそうに手を叩いている実之介をみんなで囲んでいるラストシーンは舞台上で起きた全てのことが結実し感動的なラストでした。

 

勘三郎さんありきで作られた作品を勘三郎さん抜きで再演するのは勇気がいることだったのではないかと思います。阿部さんの実之介は勘三郎さんの思わせるところもありつつもサダヲさんじゃなきゃできない実之介になっていて松尾さんが言うところの「今考えられる最高のキャストでやってみたかった」という作品の真ん中で堂々と立っておられてほんとうに素晴らしかった。
そしてその阿部さんが演じた灰次を演じる岡田くんは阿部さん以上にプレッシャーだったのではないかと思います。なんせ隣にいるわけですから。
見ている人にあぁこれ阿部さんだったらもっとよかったのに、と言われることを覚悟してやらないといけないわけです。そしてそこを超えてかなきゃいけない。恐ろしいことですよね。戯曲を比べて見て岡田くんの灰次は基地外ではあるけれど愛嬌があり周りの人を知らずらずのうちに解放していく大らかさを感じさせ、大柄な身体も相まってとても伸びやかな灰次だったと思います。生まれたての子どものようでもありそれでいてたっぷりと色気もあり。前回のトーイは岡田くんの容姿を200%生かした役だったのに対し、今回の灰次はもともとが阿部さん用に作られた役であり、彼の見た目がむしろ障害になるようなぶっ飛んだキャラクター。だって普通に見て猪とやっちゃうような男には見えないもの。それをあえて阿部さんの隣で演じさせるとは松尾さんは岡田くんのことが本当に好きなんだなと思いました。そしてそれに全力で応えた岡田くん。カーテンコールで岡田くんと松尾さんが並んだ時には松尾さんに感謝の気持ちで胸がいっぱいになり涙が出てきました。
そして岡田くんと阿部さんの二人が大好きなのでトーイと永野、灰次と実之介に続く作品も期待したいです。

 

改めてこの作品を見られて本当によかった。
ニンゲン御破算とともに過ごした2018年の夏はとても思い出深いものになりました。

そして公演は終わってしまいましたが、ここで改めて灰次の冒頭のセリフ

「終わったってえこたあ始められるってことでないの。それはある意味素敵なことでないの」

を噛みしめたいと思います。

 

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大阪は暑くて熱かった